89作品目

Nora

01話.[本当のことかも]

太郎たろう、お手」

けん太郎、だけどな」


 まあ、似合っていないのは確かだから別に構わなかった。

 とにかく、これ以上残っていても仕方がないから帰ることにする。

 彼女を待っていたから彼女が来たらこんなもんだ。


「つか、かなり久しぶりだな」

「そうね、だって五年ぶりだもの」


 俺が小学生のときには既に家にいなかった。

 ただ、姉弟とはいっても年齢が離れているからなにもおかしなことではないか。

 いつまでも実家で暮らすような人間ばかりではないということだろう。


「なんで急に家族と会おうとなんてするんだ?」

「別に家族のことが嫌いというわけではないもの」

「でも、連絡だって一切していなかったんだろ?」


 それなら五年も期間を空けないと思うが。

 両親だって姉と話せたら嬉しいはずなんだ。

 それになにより、あの家には最強の存在がいるからその対策としても役立つはずなのに。


「なによ、文句があるの?」

「いやないけどさ、それならもっと来てくれよ」

「ふふ、太郎はまだ姉離れができていないのね」


 妹もいるから大変なんだよ。

 元気いっぱいなのは結構だが、よく大冒険をしてくるから困る。

 もうじっとしておくことができない感じと言えば伝わりやすいだろうか?


久実くみは元気なの?」

「ああ、滅茶苦茶元気だ」


 六年生ということで遊んでおかなければならないと暴走している。

 まあでも、実際中学になったら強制的になんらかの部に所属しなければならないわけだからおかしいというわけではないか。

 そもそも両親が激甘だから俺がなにかを言ったところで意味がないという話だったりもする。

 それでも悪いことをしたらちゃんと叱れる両親だし、きっと問題はないだろうな。


「ただいま」

「ただいま」


 あれ、もう十七時を過ぎているのに妹様はいないようだった。

 もしいるのであれば毎回玄関のところまで来てくれるからこれは少し寂しかったりもする。

 まあいいか、客人が来たときみたいな対応をして待っていればそれで。


「ただいまー!」


 ついでに帰宅した妹にも飲み物をコップに注いでおく。

 どうせすぐに入ってくるからこれまたすぐに飲ませればいい。

 いつだって水分補給を忘れてはいけないんだ。


「あっ、やっぱりお姉ちゃんだ!」

「って、ほとんど知らないだろ?」

「変わってないよ? ずっとお姉ちゃんのままだよ」


 本当かよ、まあ確かに俺からしたら全く変化はないけどよ。

 細かいことはおいておくとして、飲み物を決めていた通りちゃんと飲ませておくことにした。

 すぐに走り回ったりする存在だから十五分毎に飲ませても多すぎないぐらいだ。


「久実は太郎と一緒で可愛げがあるわね」

「たろう……?」

「お兄ちゃんのことよ」

「おお! お兄ちゃんのことか!」


 それよりこの姉がもう結婚しているということの方がすごい話だと言える。

 二十四歳だから早いのか遅いのか分からない。

 ただ、いつか子どもができたとか言われたらマジかよと呟いてしまいそうだった。

 結婚したからには子どもがほしいとかそういう考えがあるんだろうか?

 正直、小学生のときに別れてからほとんど話していなかったから分からない。


「そうだ、今日宿題はないの? あるなら教えてあげる」

「あるよ! すぐにやる!」


 おお、やはり家にいてほしいのはお姉ちゃんということか。

 仕方がない、正直久実からすれば口うるさい兄貴だからな。

 それに久実からすれば姉は大人の女性にカウントされるわけだし、そうなりたいとか考えてしまってもおかしくはないお年頃で。


「部屋に行ってるわ」

「分かったわ」


 どうせ二十時とかになったら帰ってしまうだろうからゆっくり過ごさせてやろうという優しさと、単純に疲れていて転びたいという気持ちがあって部屋に移動した。

 明日も学校があるからしっかり着替えてからではあるが転んだら楽になった。


「太郎、入るわよ」

「久実の相手をしてやってくれよ」

「それが寝てしまったのよ」

「はは、そうか、なら仕方がないな」


 小学生なんだからよく寝てよく遊べばいい。

 もちろん授業のときは授業に集中して、休み時間になったら友達と盛り上がってほしい。

 なにか困ったことがあったら遠慮なく言ってほしいが、相談を持ちかけられたことがないから大丈夫だとは考えつつも不安になることは多かった。


「それで五年も帰ってきていなかったのはどうしてだ?」

「特に理由はないわね、でも、最近になって急に家族に会いたくなったのよ」

「そういうものなのか、もう忘れ去られているのかと思ったけどな」

「太郎はともかくとして、お世話をしてくれた両親のことや久実を忘れるわけがないじゃない」


 別に海外に住んでいるというわけでもないからいまいち信じられなかった。

 それなら連絡をしているだろと、それなら五年も空白期間を作らないだろと。

 昔から分かりやすく存在してくれていたのにこれにだけは待ったと言いたくなる。

 結婚相手に問題があるとかそういうことではないということは分かっている。

 何故ならこの姉が選んだ人だからだ。

 こうなってくると、実はもう子どもがいる可能性もある。

 この姉に子どもか、なんか凄え話だな。


「そんなにじっと見ても私はあなたに惚れたりしないわよ?」

「当たり前だろ、それに惚れたら浮気になるだろ」


 そんな変なやり取りをしている間に両親が帰宅したから一階に移動した。

 両親も嬉しそうに姉と話していていい光景だった。




「ふぅ」


 ノートというのもそれなりに重量があるもんで疲れた。

 だが、係の仕事だから文句は言っていられない。

 それにこういうことをしっかりできなければ久実の近くにはいられなくなる。

 俺はあくまでもいい年上として近くにいてやりたかった。

 反面教師として見てはもらいたくない。


「お疲れさん」

「おう、そっちもな」

「俺は黒板を消していただけだからな、運んでくれてありがとよ」

「係の仕事だからな」


 係仲間とも上手くやれているからいいことだろう。

 仲良くなれなくてもいい、誰とでも無難に接することができればそれで十分だ。

 友達というわけではなくてもクラスメイト、係仲間というだけでなんとかなるもんだなと。


「山本」

「ん? まだなにかあったか?」


 一応やることはやったと思うが。

 ただ、忘れている可能性もゼロではないからとにかく待つ。


「シャツが出てるぞ」

「お? はは、教えてくれてありがとな」


ルールを破る人間だとは思われたくないからありがたい指摘だった。

 いやあ、こうして誰かと関わる機会があるというのはいいことだ。

 もしそれさえなかったら俺は喋らなすぎて筋肉が衰えてしまうかもしれないから。

 だが、こうして係の仕事などが終わってしまうと話す機会もなくなるのが困ることだった。

 係仲間は同性や異性とよく一緒にいるから正直近づきにくいというそれがある。

 先程も言ったように友達というわけではないというのもある。

 こうなってくるとそもそも気軽に近づくことなんてできないわけで、黙って授業を受けているだけであっという間に放課後がきてしまうという……。


「山本、ちょっと待っててくれ」

「お、おう」


 係の仕事があるとき以外に話しかけられたことはほとんどないからこれは驚いた。

 残っていても惨めな気持ちになるだけだからとすぐに帰ろうとしていたのにすとんと席に着く形になってしまった。

 佐島悠介ゆうすけ――彼はまた友達との会話に戻ったから俺としては静かに待っているしかない。

 呼び止めたら少なくともすぐに解散にしてこっちに来るべきだと思うんだ。

 だってそうじゃないと強メンタルというわけではないから怖いんだよ。

 罰ゲームかなんかで話しかけてきているわけではない……よな? そう不安になり始める。


「悪い、待たせたな」

「気にしなくていい。それよりどうしたんだ?」

「歩きながら話そう」


 もったいぶる奴だ、こういうところは姉に似ているかもしれない。

 姉……あっ、もしかして俺と一緒に歩いているところを目撃して一目惚れをしてしまったとかそういうことなのか!?

 残念ながら既婚者だし、なんなら子どもだっていそうだから無理だ。

 あと、いくら頑張ったところで未成年と成人ということでどでかい壁がある。

 仮に結婚していなかったとしても恋愛に興味があったうえに異性からよくモテていた姉を引き止めておくことは不可能だ。


「佐島、俺の姉だけはやめておけ」

「え? マジでなんの話だ?」

「一目惚れしたとかそういうことではないのか?」

「違うよ」


 よかった、これで被害者が増えるということはない。

 彼の周りには異性が沢山いるんだからその女子達に意識を向ければいいだろう。

 さっきだって解散にしたがっていたのに「まだいいでしょー」とか「山本より私を優先して」とか言っていたからな。

 俺も呼び止められていなくて留まっていたときにそれを聞いていたら、優先してやれよと内で言っていたところだ。


「じゃあ係仲間でしかない俺になんの用なんだ?」

「どうせこの先も係が一緒なのは変わらないんだし、どうせならその相手と仲良くできていた方がいいと思ってさ」

「確かにそうだな、上手く協力できなくて片方だけが動いているとかあるからな」


 聞きに行くだけならいいが、なにかを運んだりしなければならないときには協力者がいないと普通に詰む。

 ちゃんと消しておかないとその上から書き始める教師がマジでこの世には存在するから。

 あれは「消してないぞ、誰だー」と言われるよりも雰囲気がやっばくなるから体験したくないとしか言えない。

 まあまだ自分が消し忘れたとかでなければマシだと言えるが、それでも気持ちがいいわけではないからそういう機会がなくなるように動きたかった。

 もし忘れているようだったら俺が消すこともあるぐらいで。


「だろ? で、手っ取り早く仲を深めるなら飲食店に行くのが一番だと思うんだ」

「飲食店か、それなら肉だな」

「はは、それなら豪快に食べに行くか」


 その前にしっかり連絡をしておく。

 少し久実のことが心配ではあるが、前にすぐに帰るようにしていたら「子どもあつかいしないで!」と怒られたことがあるから微妙になっていた。

 だからまあ今日も大丈夫だと判断して飲食店に行くことに。


「なんかワクワクするよ、家族以外と焼き肉を食いに行ったのなんて中学のときが最後だから」

「あ、卒業した後だろ? 俺らも行ったよ」

「あのときはとにかく食うことに専念していたな、あ、もちろん焼くことだってしたけど」


 実際はお喋りばっかりに集中している人間の方が多かった。

 あと、クラスメイトが全員仲がいい集団というわけではなかったのと、あまりに食べすぎていると悪目立ちするからということで遠慮している感じが雰囲気に出ていたんだ。

 が焼くと積極的に動いてくれる人間ばかりではないので、どうしても端の方に座った人間としてはやるしかなかったというのもある。


「はは、実際には食べるよりも焼いている時間の方が多そうだな」

「あーまあ……、欲しそうにしていた人間の皿に置いたら『ありがとう』と言ってもらえて嬉しかったからな」


 とにかく、どうせ来たからには食べなければ損だということでどんどん頼んだ。

 定額の食べ放題だからちょいと頼みすぎて金額がやばい、なんてことにもならないのがいい。

 また、今日は俺がするまでもなく佐島が焼いてくれたから大満足の一時間だった。


「悪いな、全部やってもらって」

「俺が付き合ってもらっているんだから当然だよ」

「じゃあ次は俺にやらせてくれ」

「はは、そっちが誘ってきたらな」


 俺が誘うことは……あるだろうか。

 先程も言ったように、常に周りに誰かがいて近づきにくい人間とも言えるからな。

 昨日までなら近づけたかもしれないが、今日はっきり女子の本音というやつを聞いてしまったから弱メンタルではとてもとても……。


「アプリやっているだろ? ID交換しようぜ」

「分かった」


 中学のときにいた友と交換してはあるが全くやり取りをできていなかったからこれを機に消してしまってもいいかもしれない。

 だって、話さないのに残していたところで虚しくなるだけだ。

 これまで残していたのはもしかしたらという期待を捨てきれなかっただけだった。


「よし、うざくならない程度にメッセージを送らせてもらうから相手をしてくれよ」

「反応できるときは反応するから大丈夫だ」

「じゃ、今日のところは解散としますか。はは、正直腹いっぱいすぎて眠たくなってきたんだ」

「はは、俺も動きたくなくなるからそれでいいよ」


 久実のこともあるからすぐに帰ってやらないといけない。

 流石に十八時過ぎにひとりで待たせておくのは不安になる。

 って、外食に行っておきながらなにを言っているのかという話だが。


「ただいま」


 今日もお迎えというやつはなかった。

 確認してみたらちゃんと靴はあったからリビングを見てみた。

 そうしたらいなかったので、部屋をノックしてみたらそれすら反応もなかったから心配になった。


「久実ー?」


 申し訳ないがこのままなにもしないままではいられない。

 後で謝罪をすることにして開けたらベッドの上で寝ていてくれて安心できた。


「……くさい」

「悪いな、焼き肉を食いに行ってきたんだ」

「……ずるい」

「いまから作るから下に来てくれ」


 肉があるからそれをがっと焼いてやろうと思う。

 結局、焼いてしまえばなんでも焼き肉なんだ。

 ただ、こうしてひとり待たせてしまっていることも多いから俺が両親の代わりにどこかに連れて行ってやるのもいいかもしれない。

 それこそ佐島なんかは面倒見もいいだろうし、頼れるお兄ちゃんといられることで久実も嬉しいはずだ。


「誰と行ってきたの?」

「クラスメイトの男子だな」

「今度連れてきて」

「分かった、約束する」


 俺は妹様には逆らえないんだ。

 両親も仕事から帰ったらとにかく優先しているし、両親、久実、姉、俺というところか。

 まあ、両親が帰宅してゆっくりできるようになる頃にはおねむになってしまうというのが難しいところだと言える。


「無理だから言うべきではないかもしれないけど、久実的にはお姉ちゃんがいてほしいだろ?」

「でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんらしく過ごしているだけだから」

「大人なんだな」

「大人だよ、もしかしたらお兄ちゃんより大人かもしれない」

「そうだよ、久実は立派な大人だ」


 頭を撫でようとしたら「お兄ちゃんは早くおふろに入ってきて」と言われ、ひとり寂しく着替えを持って洗面所に行くことになった。

 妹の兄離れというのは早そうだ。

 それこそ佐島なんて見せたら「お兄ちゃんだったらよかったのに」とかマジトーンで言いかねないから怖い。


「はぁ、まあでも実際……いいお兄ちゃんではないからなあ」


 高校に入ってからは安定して話せる人間も消えてしまったからそういう点でも駄目だった。

 駄目だと分かっているのに変えようとしないことが駄目なことに拍車をかけているという、実に詰みみたいな感じになっている。

 早く入らせて寝かせなければならないからと出てみたら通知がきていることに気づいた。

 そういえばと交換していたことを思い出して返事をさせてもらった瞬間、なんか友達ができたような気持ちになって嬉しかった。


「久実、風呂に入ってこいよ」

「分かった」


 お、飯を食ったらすぐに眠たくなるような子どもではなくなったか。

 それかもしくは、男子と比べて成長が早いというのは本当のことかもしれない。

 別に兄にべったりな妹というわけではないし、俺もいつでもつきまとっているわけではないので、気にせずに部屋に戻ることにした。

 これでもまだ二十時前というのが大きい。

 何故なら、就寝時間まで自由な時間があると最高だからだ。


「今日から変わってくれればいいけどな」


 だが、放課後については気をつける必要がありそうだ。

 自分が不安にならないように家にいようとしているだけだから許してほしかった。

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