食いしんぼ悪役令嬢のかくれんぼ

ひとしずくの鯨

第1話

 私は高校一年生の女子。

 一夜いちや明けて目をさましたら、乙女ゲームの悪役令嬢シャルロッテに転移してた。

 断罪されてなるものかと、必死でゲームのことを想い出した。

 一時はのめり込んだ。

 とはいえ、いしんぼの私である。

 寝食を忘れてとはならなかった。

 あくまで寝る間を惜しんでであった。

 ただそれもあって、おぼえておった。

 シャルロッテはぼすけさんでナマケ者。

 朝早くから、けなげに働くヒロインに対して、まさに悪役令嬢そのもの。

 王太子が、シャルロッテをあざけりつつ、番兵に命じる場面があった。


「あの者が起きるのは、いつもが中天を過ぎて後。

 監視かんしするのは昼過ぎで良い」


 当然ながら、それを利用させていただくことにする。

 私は朝のうちに、薄暗うすぐらい森の中に逃げ込んだ。 

 ここはただのゲームの背景。

 登場人物が行った場面は無かったはず。

 おまけにシャルロッテは虫が大嫌い。


「森には行ったことがないわ。」


 なんてセリフを吐いておった。

 なら、ここに隠れているなど、想うはずがなかった。

 私を見つけ出し、何とか処刑しようとしておる者たち、村娘のヒロインであれ、王太子であれが。

 ここで断罪の期日を過ぎれば良い。

 そう考えたのであった。

 ゲームにはシナリオがあり、各々の出来事がでたらめに起きることはない。

 あくまで、ある出来事があって、次の出来事が起こる。

 特にゲーム中の重要な出来事はそうである。

 私の処刑は、国の戦勝記念の日に行われる予定であった。

 国賊こくぞくに等しき私を処刑し、かつてのかがやかしき歴史に花を添えようというわけ。

 その翌日には、王太子とヒロインの結婚式が盛大になされるはずであった。

 何ともあわただしい日程とは想うが、そこはやはりゲーム。

 その方が盛り上がるからに決まっている。

 その一番盛り上がる断罪処刑。

 それが、さだめられた日に行われなければ、どうなるのか。

 このゲーム世界にも何か変化が起きるはず。

 私はそう期待したのだった。


 でも、これってまるでかくれんぼ。

 私が子供の頃、よくやった。

 かくれんぼで困ったのは、いくらいいところに隠れても、食いしんぼな私は、ついついおなかいてしまうこと。

 そうなったら、私はいつも鬼にわざと見つかっては、言うのだった。

 昼ならば「お昼ご飯にしようよ」、

 夕方ならば、「晩ご飯にしようよ。また明日あしたね」と。

 そしてそんなことを想い出したゆえか、私はやがてあることに気付いた。

 どうしたことだろう。

 お腹が空いている。

 このゲームに食事の場面など無かったはず。

 シャルロッテ自身の記憶をさぐるも、やはり食べたことも飲んだこともなかった。

 実際、のどの方はまったくかわかない。

 私はここまで肌身離はだみはなさずたずさえて来たものの中をまさぐる。

 それは転移した時、私と一緒にこちらに来た愛用のリュック。

 お気に入りの理由は、見た目は可愛らしいのに、たくさん入ること。

 私は、自分が食いしんぼなことに感謝する。

 そこには、アメやチョコ、クッキーとたんまり前の世界のお菓子が詰め込んであった。

 断罪の日は2日後。

 5日は持つだろう。

 余裕よゆう。余裕。

 そして、おいしい。

 このゲーム世界に食事があるなどとは想わなかったので、ついつい私はにんまりする。

 いや、それに留まるはずはない。

 笑顔がこぼれあふれる。

 本当においしい。


 ところが、私は半日で全て食べ尽くしてしまう。

 それでもお腹が空いてしょうがない。

 時がつにつれ、空腹感は増すばかり。

 それは私が経験したことがないほどのものであった。

 私はあまりにもの空腹に耐えきれず、ついに城へ向かうことにした。

 断罪処刑の日をやり過ごした訳ではない。

 行くべきではないと頭では分かっておったが。


 昼下ひるさがりの陽光を浴びて、街中に人々が倒れておった。

 城に入っても同じであった。

 いずれもげっそりとやせておった。

 こんな短期間に。

 ありえない。

 意識を失っておる者もおった。

 そうでない者の多くは、私が近づくと、やせこけた手を私に伸ばして、落ちくぼんだ眼で私を見つめて、口を開いた。

 しかし予想された言葉を聞くことはできなかった。

 食べ物をくれとは。

 精力をみなぎらせておった美しき王太子は、老人の如くにしなびて、こう言うばかり。


「お前は大丈夫なのか。もし我のやまいなおしてくれるならば、婚約破棄は取り消そう。」


 天真爛漫てんしんらんまんな笑顔が魅力なはずのヒロインは、ほおがげっそりしてしまい、もはやその面影おもかげも無く、こう言うのみ。


「なに。これ。あなたがやったの。あなたののろいなの。私たちがあなたにしたことをうらんで。どうか許して。お願いだから。」


 無論、私にはどうしようもなかった。

 これが二人の最後の言葉となった。


 その姿を見て、あらためて私はこの世界の現実を想い知る。

 この世界にはそもそも食べ物も空腹もなかった。

 ここの人たちは、そうしたこととは無縁むえんに生きて来たのだ。

 それが、幸福な人生なのかどうかは分からない。

 おいしいもの大好きの私に言わせれば、不幸だとは想うが。

 ただ聞きたくても、それができる相手はもはや残っていない。

 でも、こんなことってある。

 食いしんぼの私が、食べ物の無い世界に転移するなんて。

 しかも私が入ったばかりに、この世界に空腹がしょうじてしまったなんて。

 しかも前の世界よりずっと早くずっと強い。

 こんな断罪。

 ありえないでしょう。


(完)

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