第4話 八大秘宝


「なるほど、沈黙か。

 どうやら盗賊のようだな。」


仮面の奥から声がする。


オーラからだけでなく、立ち振る舞いや歩き方からも彼が相当な強者であることが分かる。


「‥‥いやいや、盗賊なんて、そんなわけ、

 ハハハ。」


探検家といっても、誰でも【大遺跡】や外の世界を冒険することが出来るわけではない。


世界探検家協会(WEA)に探検家としてその名前を登録し、遺跡に行くときも許可を貰わねばならないのだ。


それが、未知の技術や秘宝が生まれたことによる統制の一つだった。


そして、その許可を得ていない者は「盗賊」と呼ばれ、犯罪者の扱いを受けてしまうのだ。


「悪いが、報告は受けていない。

 治安維持権力を発動させてもらう。」


スペクターが腰の剣を抜いた。


彼は始祖神十傑の中でも、最速の〈青〉オーラ使い。


怪盗をやっていた頃は、どんなに厳重な警備でも、全てを置き去りにするその速度により、次々とお宝を盗んでいた。


そして、彼が右手に持つその剣。


–––––「三十一名剣」の一つ。【閃剣・凛】


霧さえも切り裂くような洗練された刃。


その切れ味の良さから、処刑用の剣として使用されていたこともあるという。


光の届かない霧の中でさえ、妖しくギラついて見える。



対してこちらは、両腕に抱えているオーラの使えない貴族のお嬢様一人。


しかしさっきの黒龍とは違って、彼は政府側の人間だ。


もしかしたら上手く説明すれば、この子を保護してくれるかもしれない。


「ねぇねぇ、ユキさん?

 ここから出たいなら、彼にお願いして君だけ保護してもらうっていう選択肢もあるけど、どうする?」


何やら事情を抱えていて、実家に帰りたく無さそうだが、一応確認してみる。


「‥‥逃げ足には、自信あるんですよね?」


「‥‥まあ、そうだね。最悪、、」


「帰りたくは、ありません。」


「そうか。」


やはり家の話となると少し暗い表情と声のトーンになる。


「私、あんな狭い世界じゃなくて、広くて、新しい世界が見たいんです。

 才能とか、権力とかどうでもいい。

 心がワクワクするような、そんな人生が送りたい。」


力のこもった言葉だった。


恐らく、家の中で目や耳を塞ぎたくなるような出来事がたくさんあったのだろう。


「–––––全くもって同感だよ。」


彼女の気持ちはよく分かる。


俺も、自由に世界を冒険したい。


幼い頃からの夢だった。


見たことないもの、行ったことないところ。


好奇心は人間の宝だ。


それを統制しようなんて、俺は認めない。


「それじゃあ、約束するよ。

 これから俺が素晴らしい世界を見せてあげる。

 ‥‥いや、違うな。」



言葉を切って、彼女の瞳をしっかりと見つめる。



「これから一緒に、見に行かないか?」



すると、彼女が弾けるような美しい笑顔を見せた。


「はい!喜んで!

 今のところ完全に足手纏いですけど、よろしくお願いします!」



久しぶりに仲間が一人増えた。


それじゃあ、気合を入れて


まずは、最速の男から逃げるとしましょうか!



「相談は終わったか?

 抵抗はお勧めしない。

 どうせここから出れやしないんだ。」


いや?それはどうかな。


「スペクター君。

 君にひとつ質問だ。」


「?」


「どうして君は怪盗なんてやっていたんだい?」


「‥‥答える義務はない。」


「そうだね。

 でもさ、何かしらこの世界に不満があったんじゃないのかい?

 それを変えたくて、あるいは自らの求めるままに、秘宝を追っていたんじゃないのか?」


「‥‥」


解答は得られない。


しかし、俺は続ける。



「君は、どこで自分のことを諦めた?」



表情を伺うことは出来なかったが、彼が少し動揺しているように感じた。


美しいオーラなだけに、ほんの少しだが乱れているのがよく分かった。


「だから、勝負だ。

 俺は絶対に、君に捕まらない。」


自信たっぷりに逃走を宣言した。


すると、何故か彼の緊張が少しとけたように感じた。


「–––––フッ、、

 今までいろんな奴らと出会ってきたが、私から絶対に逃げると言った奴は初めてだよ。」


それはそうだろう。


彼は世界に名を馳せる大怪盗だったのだ。


逃げることはあっても追いかけることはなかっただろう。


とはいえ、彼は世界最速のスピードスター。


どちらも彼にとっては大差ない。


「んじゃ、逃げまーす!

 はい、スター、、」


鬼ごっこを始めようとした瞬間。


オーラが青く、光った。


「–––––意気込んだはいいが、隙だらけだ。

 ‥‥チェックメイトだな。」


瞬きするほどの速さで背後を取られ、首に刃を突きつけられた。


一瞬にして、完璧な動きだった。


何も出来ず、決着がついた


–––そう、思えた。



「ちょっとぉ、せっかちだなぁ、、

 はい、じゃあこれでスタートね。」


何故か、スペクターの背後から、リュウの声。


そして、両腕にユキを抱えたまま、パンっと彼が両手を叩くと、背後を取られていたもう一人の彼の姿が消えた。


「〈青〉使いなら警戒しないと〜。

 じゃっ!というわけで。」


そう言うと、今度はリュウの姿が一瞬で消えた。


「‥‥なるほど。

 言うだけはあるみたいだ。」


そして、スペクターも高速移動を開始した。


世界最速の追いかけっこが始まった。




––––––––––




–––––霧の中を走り続けて10分ほどたっただろうか。


まだ、奴は捕まえられていない。


そう。、なのだ。


この私が、


最速を誇る私が10走らされている。


「‥‥いったい何者だ?」


霧の中だが、奴の背中は常に捉えられているし、余力はまだあるが、この展開は完全に予想外だった。


しかも彼は、人一人抱えているのだ。


そして驚くことに、こちらへの警戒も完璧と言っていいほどだった。


少し速度を上げて決めにいこうとすれば、それを素早く察知して、ひらりと躱される。


持久戦になれば勝てるという予感はあるが、この私が持久戦をさせられるということは自分にとって、負けに等しい。


「–––––短期戦以外、考えられんな。」


これ以上、時間をかけるのは辞めた。


全力を持って、この男を捕まえる。


「オーラMAX‥‥」


スペクターの全身から、青いオーラが勢いよく吹き出した。


ダムが決壊したかのように、彼の身体からエネルギーが溢れ出す。


ブゥゥゥンッ–––––


最高速度で一気にリュウの横に並んだ。


そして勢いそのまま、右腕を振り抜く。


「!? うおっと!」


しかしリュウは、速度をほとんど落とさないまま、空中で軌道を変え、スペクターが繰り出した一閃を華麗に避けた。


スペクターも負けじと、すぐさま追撃に出る。


速度が更に上がり、追い討ちの勢いのまま、突きを繰り出した。


まるで水飛沫の中を走り抜けるように、大気中の水滴が弾ける。


「ほいっと!」


しかしこれも、身体をくねらせて躱す。


「–––––想定内だ」


避けられたことで、勢いが一度止まるかと思いきや、まるでピンポン球が弾かれるように、スペクターの軌道が急激に曲がった。


避けたと思った瞬間。


どんな人間でも、一瞬、気が抜ける。


完全に、リュウの不意をつき、



–––––閃剣が、煌めいた。




「流石、始祖神十傑。

 使いたくは、なかったけど、、」



その時、



リュウの服の下にある、首飾りが光った。



気づけば、閃剣は空を切っていた。


そして



–––––彼の姿は、そこになかった。

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