第3話 黒龍


「顔」が流れていく先を見てやっと分かった。


なんと、この「顔」一つ一つは巨大な龍の鱗だったのだ。


漆黒の龍が俺たち二人の目の前を通り過ぎて行く。


(こいつがこの大遺跡の主か、、?)


【大遺跡】のクリア条件は様々あると言われている。



大遺跡の最深部に一番最初に辿り着いた時、


大遺跡の主を倒した時、


隠されたある条件をクリアした時、



探検家は大遺跡内を捜索しながら、クリアには何が必要かも調べなければいけない。


そのため、もしかしたらこのバカでかい龍がクリア条件という可能性もある。


しかしそうなると、さっき見た黒い立方体は一体何だろうか、、


なるべく冷静に現状の再確認を行いながら、目の前の怪物が通り過ぎて行くのを静かに待つ。


スペクターがどこに向かったのかも知りたかったが、今オーラを使ってしまうと、この龍に気づかれてしまうかもしれない。


(頼む頼む頼む頼む!

 そのままどっかいけ!)


こいつが攻略に関係あるかもしれないとは言え、人一人抱えた状態では流石に無理がある。


気づかれないことを、願った。



–––––しかし、探検家に災難はつきもの。


ましてやここは【大遺跡】。


何も起こらない、はずなどない。



『–––––人間か、何をしている、、』



ぎょっとして、声がした方向を振り向くと、すぐ目の前に龍の顔があった。


長い身体をくねらせて、俺たち二人をじっと観察している。


いきなり声がしたことにも、かなり驚いたが、それ以上に驚いたことがある。


(こいつ、人の言葉を話せるのか!?)


大遺跡の主であっても、人語を解するものがいるとは聞いたことがなかった。


龍という種族の中で言葉が話せるとなると、かなりの上位種の可能性が出てきた。


「‥‥探検家だよ。

 君は、この遺跡の主なのかい?」


言葉が通じるのなら、色々と聞きだしてみようと冷静に努め、質問を投げてみた。



『‥‥フッ、、違うな。』



龍の言うことが、直接頭に響いてくるような感覚だった。


発声器官を動かしているような様子はない。


テレパシーのようなものだろうか。


「じゃあ、君は一体、、」


『我はただ、食事をしているだけだ。』


「‥‥食事?」


謎は深まるばかりで、更に聞き出したいことが増えたが、先に話を変えられてしまった。


『それよりも、人間‥‥

 貴様、いったい何を飼い慣らしている?

 そのオーラ、人間のものではあるまい。』


「‥‥」


事実を言えば、争いになる。

そんな気がした。


しかし、嘘を突き通せる相手には見えない。


(さて、どうしたものか、、、)


なんと返答したらいいか考えながら黙っていると、黒き龍の様子が豹変した。


そして、驚くべきことを口にした。


『‥‥待て貴様、、その女は、、

 –––––気が変わった。

 今すぐその女をよこせ。

 さすれば貴様の要望に何でも応えよう。』


なんと、黒龍が急に態度を変え、俺の腕の中にいるお嬢様を要求してきた。


しかも代わりにこちらの要求を全て呑んでくれるという。


(なんだ? なんなんだ?

 いったい何が起こっている!?)


ファントムシティに来てから謎が謎をよんで訳がなからなくなっている。


とりあえず、このお嬢様をご指名らしい。


視線を下に動かし、彼女と目を見合わせてみた。


すると彼女は、ブンブンと必死に首を横に振って拒絶の意思表示をした。


「‥‥ふふっ、、」


その必死な様子がおかしくて、思わず吹き出してしまった。


大丈夫。そんなにアピールされなくても、最初から腹は決まっているさ。



「なぁ黒龍さんよ。」 


『‥‥?』



さっき拾ったばかりとは言え、大遺跡攻略のために、ここで女性を差し出すような男ではない。


人の道を踏み外してまで手に入れたい物などない。


どうしてもそれが欲しいなら、道理を守れるほど強くなればいい。


そう心に決めて今までやってきたのだ。


–––––とはいえ、このお嬢様と出会ってから攻略の鍵を2回流すとは、、


冒険とはなんとも上手くいかないものだ、、



「その提案、却下させてもらうぜ!!」


そう言い放つと、塔の足場から飛び降りて一目散に逃げた。


「では、さよなら〜。」


言葉通り、雲隠れして姿を消す。


『‥‥人間ごときが

 バカにしよって!!』


「逃げるぞ逃げるぞ逃げるぞ!!」


余裕をみせた言葉とは裏腹に、必死の全力疾走で塔の側面を下っていく。


青いオーラによって更にスピードを上げ、霧の中を駆けていく。


霧が水滴となって全身を濡らしていて、服がビショビショだった。


「きゃーーー!!!

 ちょっとぉ!!死んじゃうってーー!!」


腕の中のお嬢様が悲鳴を上げている。


まるで、テーマパークのアトラクションのようなスプラッシュ付きジェットコースターだ。


脇目も振らず駆け抜けていく。


(何か、このところずっと走ってばっかだな、、)


「‥‥ふふっ、、」


大ピンチというのに、笑みが溢れた。


「なんか!楽しそう、ですね!」


風をきる音が大きすぎて、近くにいるのに大声で話さないと会話が成り立たない。


「そりゃあな、楽しくないわけないだろ!

 意味分かんない大遺跡で迷うし!

 不気味な怪物がそこらじゅうにいるし!

 真っ黒で謎な箱を見つけるし!

 女の子を一人拾っちゃうし!

 十傑が現れるし!

 そんであんな訳分からん龍に脅されるし!

 ‥‥これでこそ!探検さ!」


完全にハイになっていて、今はもう楽しくてしょうがなかった。


「あのぉ!お兄さん!」


「なあにぃ!?」


「私!名前! ユキって言います!」


「そうかい!

 ユキちゃんね!ピッタリだよ!」


(そういや、自己紹介してなかったな。)


ここまで彼女と行動を共にすることになるとは予想していなかった。


状況が状況だっただけに、色々と後回しになっていたみたいだ。


「お兄さんのお名前は!?」


「俺はね!リュウって呼んで!」


「分かりました!!じゃあリュウさん!

 後ろ!何か来てますよーー!!」


チラッと後ろを振り返ると、何か光り輝くものがいくつも落下してきていた。


おそらくあの黒龍の仕業だろう。


霧のお陰で上手く逃げられてはいるが、それゆえに手当たり次第攻撃してきている。


「大丈夫!多分当たんない!」


あのレベルの龍種であれば、当たれば即死級の威力があるだろう。


そのため、当たらないよう心の中で願う。


そうして、運任せに全力で逃げているうちに、徐々に地面が見えてきた。


「よしっ、地面だ!」


トンッと塔の壁を蹴って、フワリと地面に着地する。


晴天の雲海から、濃霧の森に戻ってきた。


「さて、こっからが問題だよ。」


何とか黒龍からは逃げ切れそうだが、そもそもここから出る方法がわからない。


しかし、彼にはひとつ心当たりがあった。


「オーラ〈黄〉」


–––––スペクターを探すのだ。


俺たちの見た彼が幻でないならば、何か脱出方法を知っている可能性が高い。


始祖神十傑が【大遺跡】攻略に来るとはそういうことだ。


始祖神の威厳にかけて、失敗は出来ないはずなのだ。


そこを、利用させてもらう。


「‥‥さぁて、どこか、、」



な!?



「–––––探検家か?」


すぐ横に、いた。


「オーラを追って来てみたら、、、

 私の他に、人がいるとは、」


仮面をつけ、黒い服とマントに身を包んでいる。


腰には剣をさげ、手袋をした右手を剣の柄に添えていた。


大遺跡にいても紳士のような印象を与える人物だが、そのオーラは刺々しく鋭い。


「‥‥協会からの許可は得ているのか?」


「‥‥」


「リュウさん、、」



ユキが少し不安そうにこちらを見上げる。


–––––先に見つかってしまった。


こうなれば、選択肢は一つ。



「大丈夫。逃げるのは得意だよ。」



本当に今日は走ってばかりだ、、

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