第2話 スペクター


大遺跡をクリア!? 


この子が?


…いったい、何を考えているのだろうか。


彼女からはオーラの気配も感じない。


もしかしたらこれもファントムシティが見せている幻かもしれない。


そう思って、改めて彼女を観察する。


「えっ、、な、なんですか?」


彼女が若干引いていた。


「あぁ、いや、大遺跡に来たにしては、随分と軽装だと思ってね。」


「そ、そうなんですか!?」


あ、やっぱ素人だ。


熟練の探検家ほど、装備は最低限で済ませる。

素人ほど、荷物を山のように抱え込む。


それを知ったうえでの格好なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

しかも、最低限にしても何も持っていなさすぎる。


そして俺は、彼女が人間だとほぼ確信していた。


「……ところで、スノーホワイト家のお嬢様がこんなところで何を?」


この言葉に、彼女の表情が急変した。


「な!? なんでそれを?

 というかお兄さん!本当に人間だったんですね!」


驚きやら喜びやらで、忙しいし、騒がしい。


また“奴ら”が集まってきたらどうするつもりなのだろうか。


「その白い服、スノーホワイト家の家紋が入ってる。

 彼らは、自らの家柄に誇りを持っているから、絶対に血縁者以外の者に家紋の入った服は着させない。

 探検家を輩出するようになったとも聞いてないしね。」


「……詳しいんですね、、」


心なしか、家柄の話題には触れて欲しくなさそうだった。



―――スノーホワイト家。

人間界における三大貴族の一つ。

人間界の神である《始祖神》の護衛を代々務める由緒ある家系。

強力な魔法を使う一族としても有名である。



聞かれたくないことがあるなら、わざわざ踏み込む必要はない。


それよりも、早く攻略の再開をしたかった。



「あの首から上がない生き物だけど。

 目がどこにあるのかは知らないけど、目を合わせなきゃ向こうから襲ってくることはない。

 なるべく下を向きながら歩いて。」


「あ、あの。

 ここのクリア方法が、分かるのですか?」


「いや、手掛かりは見つけた。

 でもさっき見失ったばかりだけどね。」


「へー。何があったのですか?」


「‥‥真っ黒な立方体。

 それも、バカでかいやつ。」


「えっ、こんな塔だらけのところにですか?」


(一瞬だけど、君さっき通ったよ?)


「う、うん。開けたところがあって。」


「じゃあ!そこ行ってみましょう!」


簡単に言うが、この霧の中で自分の位置を把握しながら正確に進むのは難しすぎる。


それに一直線にこの子のところまで駆け抜けてきた。

だからさっきの場所は覚えていない。


「‥‥まぁ、とりあえず、行くか。」


というか、何故この子はそこまでして大遺跡をクリアしたいのだろうか?


それに、いくら生還率100%のファントムシティとはいえ、大貴族の人間がこんなところに一人で来るとは思えない。


–––––助けてしまった以上、ここで急に見捨てるわけにもいかない。


とりあえず、走ってきた方向へ戻ってみようと腰を上げたその時だった。


(!?オーラの気配!)


咄嗟の判断で彼女を腕の中に隠し、塔の陰に息を潜める。


かなり強く、洗練されたオーラの気配を感じた。

まるで針で刺されているような鋭さがある。


「これは、〈青〉だな。

 一体何者だ、、?」


このオーラから考えると、絶対にかなりの使い手だ。


「あ、あの、、お兄さ、、」


「静かに。」



–––––徐々に、近づいてきているのが分かる。


それにしても、かなりのスピードだ。



ブゥゥゥンッ!



青い軌道が、岩の塔越しに通り過ぎていった。


一瞬だった。


それでも、正体がわかった。


「‥‥ごめんね。もう大丈夫、、」


「い、いえ、、ありがとうございます。

 あれは一体、誰だったんでしょうか?」


「‥‥たぶんスペクターだね。」


「え!? スペクターって、あの?」


「うん。始祖神十傑のね。」



人間界に神のように存在する《始祖神》。


その神たちに選ばれし10人の最強の人類。


それが、始祖神十傑。


彼らは始祖神より特権を与えられ、時には治安維持権力を持つこともある。


そしてその中の一人が、スペクター。


元々彼は、大怪盗として世界にその名を馳せていたのだが、その実力を買われて十傑入りを果たした。


仮面をつけているため、その素顔は分からないが、その仮面が彼のトレードマークになっていた。


(スペクターがいるのか!?

 もうどこまでが幻で、現実か分からないな。)


「後をつけよう。」


「私、あんなに速く走れませんよ?」


「問題ない。

 ほら、お嬢様。こちらへ。」


両手を広げて、抱えてあげるつもりだと伝える。


「‥‥ちょっと、もう恥ずかしいです、、」


「クリアしたくないの?」


「‥‥それは、まぁ。はい。

 じゃあ、お願いします、、」


そう言うと、顔を赤くしながら俺のもとに寄ってきた。


肌が白いだけに、赤くなると良く分かる。


「よいしょっと。」


彼女を抱え上げると、スペクターが去っていった方向を睨む。


霧でよく見えないが、あのオーラを辿っていけばすぐに見つかるだろう。


「んじゃ、出発しまーす。」


両脚に青いオーラを込める。


そして更に、


「オーラ〈黄〉」


スペクターのオーラが遠くに感じられた。


こんなオーラの感覚まで幻で再現出来るのだろうか?


もう、これが現実に起きていることにしか思えなくなってきた。


「目、閉じてて。」



ビュンッ!!



高速移動を開始した。


霧の中を猛スピードで疾駆する。


–––––塔の森を駆け抜けていくが、中々景色に変化が見られない。


この霧の中、あれほどのスピードで移動していたのだ。


何か目指すところがあるに違いない。


「オーラ〈黄〉」


もう一度、彼の気配を辿ってみる。


「…‥え!? 上?」


なんと彼は、塔のてっぺんに向かっているようだった。


(マジか、行けたのか??)


スタッと一度、その場に立ち止まり、霧に包まれた上空を見上げる。


「どうかしましたか?」


腕の中の彼女が心配そうにこちらを見上げていた。


「上いってみる。」


「え? 行けるんですかね、、」


彼女も何も見えない上空を見つめる。


「オーラ、使える?」


「……いえ、、すみません、、」


「おっけ、

 じゃあしっかり掴まってて。」


もう一度、青いオーラを両脚に纏わせるのと同時に、今度は赤いオーラで全身を包む。


「オーラ〈赤〉」


「…あの、オーラってそんなに使え、きゃっ!」



グンッ!



思いっきりジャンプして、遥か上の塔の側面まで飛んでいく。



「‥‥いっ、、よっと!」


そしてそのまま、側面の壁を蹴り、斜めにジャンプ。


それを何度も続けて、上へ上へと進んでいく。


しかし何処まで飛んでも、霧に包まれた状況は変わらない。


「おいおい、まだあんのかよ、、」


タンッ、タンッ、タンッ‥‥


普通なら登れないほど凹凸のない表面だが、オーラの力により強化された肉体ならそれが可能だった。


霧の中をひたすらに進む。


相変わらず、景色は変わらない。



そして、



–––––何度、壁を蹴っただろうか、、


そろそろ限界が近いと思い始めた頃、周囲が若干明るくなってきていることに気がついた。


「‥ハァ、、そろそろ空、かな?」


「‥‥あの、大丈夫ですか?」


「おう。心配すんな、、」


明るさに希望を抱きながら、着実に上へと登っている実感が得られた。


–––––そしてついに、、



「‥‥お兄さん!空!」


「でた!」


ブワッと霧が晴れ、明るい空が覗いた。


久々の太陽の光に喜びを感じながら、足場となっている岩の塔の頂上に着地した。


「おいおいおい、すげぇなこりゃ、、」


辺り一面、雲海が広がっていた。


霧だと思っていたのは、途中から雲の中だったのだろう。


分厚い雲の表面が足場の周りを包んでおり、降りていって歩けそうなくらい真っ白で透明感が無かった。


見ると、他にも塔の頂上が雲の所々から生えている。


まるで生クリームに刺さった蝋燭のように見える。


「お嬢様。ご満足いただけましたか?」


腕の中にいる彼女に視線を落とす。


すると何故か、彼女は怯えた表情をしていた。


「‥‥どしたの?大丈夫?

 高いところ苦手?」



「‥‥あ、あの、、うしろ、、、」



「え?」



振り返るとそこには、大きな「顔」があった。


肌や顔のパーツの全てが真っ黒で、更に不気味なことに、今にも泣き出しそうな悲愴な表情を浮かべ、固まっている。


口だけがパクパク動いており、あまりの不気味さに身体が固まってしまった。


「‥‥なに、これ、、、」


この「顔」が何なのかを把握しようと別のところに視線を動かすと、すぐ隣に別の顔があった。


いや、、それだけじゃない。


気づけば、あり得ない数の顔が連なっていることが分かった。


しかも、その顔は全て、動いている。


視界いっぱいに、左から右へと連なり、流れていく「顔」「顔」「顔」、、、


ずっと見ていると、頭がおかしくなりそうだった。



「‥‥お兄さん、あれ、、」


すると彼女が、ある方向を指差した。


その方向は、「顔」が流れていく先、、


ゆっくりと視線をずらす、、



なんとそこには、



–––––漆黒の龍が、いた。





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