第14話

時差ボケがなおって、ようやく普通に夜眠れるようになった。そうしていつもの休日のようにすっかり寝坊してしまった。下の方からいつもより賑やかな話し声が聞こえてきた。時計を見ると11時を過ぎていた。僕は何事かと思って階段を降りていった。

 居間の扉を開けて僕の目に飛び込んできたのはテーブルの上に置かれた大きな包であった。そして兄が両手で広げた手紙とその手紙を覗き込んでいる両親の姿であった。兄はその手紙について僕に説明してくれた。その手紙の主は銀座の歩行者天国で兄がピアノを弾いた時、そこにいた大勢の聴衆の一人であった。50代前半の男性で、膵臓がんで余命数ヶ月の宣告をされていた。その日はたまたま病院の帰り道、銀座の歩行者天国に立ち寄ってみたいと思ったらしい。そこで兄の演奏を偶然に聞いて大変感動したらしい。その男性はあまりにも興奮していて文章が支離滅裂で内容を読み取るのが兄にとって大変だったらしい。兄が弾くピアノから流れてくる音一つ一つが形をなして彼の体に入ってくるのを感じたらしい。体中が熱くなるのを感じて、音楽が流れている間体が宙に浮かんでいるのを感じたらしい。翌日彼は病院に再検査に行ったのであるが、検査後の医師からの説明の時、彼のがん腫瘍の消滅の奇跡的な出来事に対する驚きの言葉だけが家に帰っても響いていたらしい。その男性は彼のがん腫瘍の消滅の原因は兄のピアノ演奏を聞いたおかげであると信じているらしい。

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