第13話
いよいよ機体が離陸する時がきた。シートベルト確認の機内アナウンスがあった。キャビンアテンダントがシートベルトチェックのために客席をまわっていた。キャビンアテンダントが自分たちの席に戻ってシートベルトをつけると機体がゆっくりと動き始めた。僕は頭を膝の間に挟むようにしてうずくまった。両手で頭をかかえた。体中が震え始めた。機体の進む速度が徐々に速くなっていった。やがて機体が浮かび上昇していくのが分かった。気づいたらあのいつものような頭痛がなかった。耳鳴りがなかった。耳の痛みがなかった。機体の窓越しに地上を見る余裕があった。上空から眺めるパリの景色はあまりにも美しかった。高層が建ち並ぶ東京の都心の光景とは別次元のもののように見えた。耳鳴りが全くなかった。そればかりか、僕の耳の中には『天からの贈り物』が流れていた。
成田空港を後にして僕たちは電車に乗っていた。僕の耳の中ではまだ『天からの贈り物』が鳴り響いていた。東京駅に着いたのが丁度お昼頃だったので銀座まで出向いてお昼を食べて行くことになった。
僕たちがランチを食べたレストランは休日に歩行者天国になる大通りにあった。僕たちはランチを食べた後、歩行者天国を歩きながらしばらく時間を過ごすことになった。アップルストアの前あたりに大きな人集りができていた。その人集りからピアノの音が聞こえていた。僕たちはその人集りまで近づいていった。人集りの隙間からグランドピアノが見えた。兄と同じくらいの年格好の少年がピアノを弾いていた。その曲はまさしくショパンの『バラード一番』であった。申し分のない完璧な演奏であることが分かった。少年が曲を弾き終えると物凄い拍手喝采があった。やがて人集りは疎らになりグランドピアノだけが太陽の光を反射させていた。
いつのまにか兄がグランドピアノの椅子に座っていた。兄はすぐに弾き始めた。ショパンの『バラード一番』であった。『バラード一番』に途中から『天からの贈り物』が重なっていた。やがてその曲は僕が今まで聞いたことのない曲になっていた。素晴らしい曲であった。先程の少年の時の二倍くらいの人集りができていた。兄が曲を弾き終えた時、拍手喝采はあの少年の時とは比べものにならないくらい凄いものであった。
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