第10話
僕達が乗っているユーロスターはドーバー海峡下のトンネルをあっという間に通り抜けて行った。ユーロスターはフランスの田園を走っていた。車窓から見える田園風風景の中に定期的に集落が溶け込むように現れた。どの集落も中央に教会が唯一高く聳えたっていた。ヨーロッパは教会中心に村や町の建物が建てられていたということを聞いたことがある。車窓から見た村の集落は高々と建てられた教会とそのまわりに低く建てられた住宅の趣きがとても均整がとれて美しく見えた。定期的に現れてくるどの集落もその美しさを保持しているように見えた。そしてそれぞれの集落が独自の存在感を示していたことは不思議なことでもあり驚きでもあった。
次の集落が現れるまでの間は燃えるような緑の田園風景が永遠に続くのではないかと思えるような、ゆったりとした時間の中で車窓から飛び込んでくるのであった。天に向かって伸びている教会の塔の頂きがその姿を少しずつ現わしてくるにしたがって村もその全体の姿を少しずつ現わしていった。この村にはどんな人たちが住んでいるのだろうか。遠くからは教会以外の建物はとても小さくて、人々の姿など見えるはずもない。でもそのことが却って僕の想像力をかきたてていったのであった。テレビや映画で見たフランスの村の風景しか僕の記憶の中にはない。しかし、そのことの故に僕の想像する映像はとてもメルヘンティックなものへと展開していくのであった。どこかこの村の一つにしばらく住みこんで実際に村の人々の生活の中に溶け込んでみたいという何とも抗うことのできない憧憬にいつの間にか耽っていたのであった。でもそのためにはフランス語が話せるようにならなければならない。英語さえ満足に身についていない僕にとってこのことはとても不可能なことに思えた。
アイポッドを取り出して再生のボタンを押すと『天からの贈り物』が流れてきた。星の数ほどにも思える音が、田園から反射されてくる太陽の光と呼応して静寂な世界を創り出していた。教会の塔の針のような線が遠くの方に見え始めると、無数の音が繰り出す沈黙の中で、微かな旋律がその姿を現し始めた。針のような線が少しずつ太くなるのにしたがって、旋律はその存在をより一層誇示し始めた。教会の塔とそのまわりに点在する建物が姿をはっきりとさせたとき、沈黙を創り出していた無数の音は消えて、数少ない音が織りなす旋律が輝いていた。教会の塔とそのまわりに点在する建物が小さくなるにつれて旋律はその姿を少しずつ潜めていき、星の数ほどの音が創り出す静寂がその存在を誇示し始めた。教会の塔が針のように細くなったとき、旋律はかすかな存在となり、無数の音が創り出す静寂が田園から反射されてくる無数の太陽の光と呼応して輝き始めた。星の数ほどの無数の音は田園から溢れてくる無数の色の光と共鳴して天国のような響きを創り出していた。
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