第2話
「キャー!!!!」
「うわぁ!」
「逃げろ!」
「ちょ、押すな!!」
壁を粉々に砕いた瞬間に流れたのは「沈黙」だった。しかし、今会場を取り巻いているのは大きな悲鳴と怒号。
我先にと会場の外へと移動する人の群れは出入りする扉の前でひしめき合っていた。
「陛下と王妃を先に!」
「いや、お二人は先に避難済みだ!」
国王陛下と王妃様はラファエルに攻撃が飛ぶ前にユリアの魔法により避難済みだ。
そして、コレはこうなる事が既に想定済みだった王子による指示であり、人々が逃げるように会場を後にして残ったのは……王子とギルバート。ユリアと王子に守られたラファエルだけだった。
「ああ、ここにあんたの婚約者がいないのは魔王の方に行っているって事ね。なるほどなるほど、賢い選択だわ。だって、あの子が一番強いもんねぇ」
口調から察するに、ライア夫人に取り憑いているのは女の魔物だろう。もちろん、男性いう事も否定は出来ないが。
「それにしても、その子を庇う必要なんてないでしょう? そんな役立たず」
そう言って腰を抜かしているラファエルを見下ろすライア夫人の目は、明らかに獲物を狙う目だ。
「あんたに言われる筋合いはない。あんたが介入しなければ、ラファエルと普通の友達になれたはずだ!」
「ははは! 私はただこの子の対抗意識を焚きつけただけよぉ? その行動をしたのはこの子自身。私は何も関わっちゃいないわ」
高笑いと共に飛んでくる『闇魔法』の連打。それに対し王子は腰に携えていた剣で応戦し、ギルバートも風魔法で応戦。
「庇いながらじゃ攻撃もしにくいでしょ」
「!」
突然近づいてきた夫人に、王子の反応が少し遅れ夫人の強力な蹴りが入り王子は反対側の壁に激突……しそうになったのをギルバートの風魔法で受け止めた。
「あら、やるわね」
王子に蹴りを入れ、ラファエルに注意が逸れたのを見計らいユリアはラファエルを保護した。
「ああ、あんた。生きていたのねぇ。まさかあの子の専属メイドになっていたなんて思いもしなかったけど」
その一言で、ユリアはハッとした。そう、実はユリアの家を没落させたのもこの女の仕業だったのだ。
「それにしても、あんたたちじゃ話にならないわね。それに、あの子もおバカよねぇ。相手は腐っても魔王だって言うのに一人で闘いに行くなんて。無謀って言葉を知らないのかしら?」
「……随分余裕だな」
先程からやたらと上機嫌な夫人……いや、夫人に取り憑いている魔物は「えー?」と言ってこちらを見る。
「そりゃあそうよ。あんたたちのレベルじゃあ話にならないもの。ああ、でもあの子がいれば良い勝負が出来たかしら?」
「……そうか」
そう小さく呟くように言って王子が軽く剣を振ると――。
「……」
突然夫人の右腕に軽く「ピッ」と筋が入り、そのままそこから血が流れた。
「……えー?」
そしてもう一度、今度は左右に振ると。今度は夫人の左右の腕に軽く筋が入り出血する。
「一体何をしたのかしらぁ?」
「何もしていない。いや、攻撃はしているが、剣を振っただけだ」
「……」
冷ややかな視線のまま答える王子に突然何が起こったのか分からず、夫人は額に汗を流した。
実は、身体レベルだけで言えばレイチェルよりも王子の方が上。その上王子は『聖魔法』が使える。
夫人に取り憑いていた魔物も魔法学園を卒業したばかりの生徒では文字通り歯が立たなかったかも知れない。
だが、今の王子のレベルは先程の近衛兵くらいであれば五人が相手をしても剣だけで勝てるほどの実力があったのだ。
しかし、レイチェルはこの事実を知らない。
この時初めての焦りを夫人から感じたギルバートはすぐさま攻撃をたたみかける。
「っく!」
しかし、その攻撃は避けられ……だがすぐさまユリアの攻撃が飛び、それにギルバートの魔法も重なり夫人は床に叩きつけられた。
「ちぃ!」
悔しがるような声と共にその場を離脱しようと謀った夫人だったが、すぐに「なんで?」といった驚愕の表情になり、すぐに王子の方をギロリと睨んだ。
そう、実はこの会場には既に王子の手により強大な結界が張られていて、逃げられないようにされていたのだ。
「逃げられると思ったか」
王子は「攻撃で終わらせる」と言わんばかりに剣を振りかぶりながらギリギリと歯ぎしりをする夫人に、近づいた瞬間。
「王子!」
「!」
突如として、夫人の体を先程よりも巨大な黒いモヤが包み込んだ――。
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