第5話
その頃、パーティー会場では……。
「……」
「……」
見た目の優美さとは対照的にとても殺伐とした雰囲気に包まれていて、ギルバートとユリアは二人揃って「どうしよう」という気持ちで一杯だった。
そして、そんな二人の不安を知ってか知らずかご立腹な様子のスティアート王子の姿。
「ラファエル、今。なんて言った」
会場中に響く王子の低く重い言葉。しかも、口調はいつもの敬語ではない。
昔「感情を露わにするという事は未熟者という証拠です」と言われ、スティアート王子はその言葉を「その通りだ」と思い、その通りにしてきた。
そして、それは自身の婚約者の前でも……。
「は?」
この声を聞くだけで、その場で腰を抜かす人間も出てくるのではないか……と思えるほどの迫力なのにも関わらず、そう言った相手には届いていないらしい。
「大丈夫か。王子にあんな口調で」
「またラファエル様なの?」
そもそもの発端は現宰相の息子であるラファエルの余計な一言。いや、発言が原因だ
「だから、この国を覆っている結界を作ったのはここにいるリナリーなのだから、その事実を公表しろと言ったんだ」
この発言を聞いてギルバートとユリアは「どうしてそんな事が言えるのか」と頭を抱えたくなった。
「一方的に私を敵視しておいて、今度は私の婚約者の功績を奪うつもりか」
「奪うだなんて、ただ私は本当の事を公表して欲しいと思って……」
この時、さっき名前の挙がった「リナリー」と思われるドレスを着た女子生徒が王子の発言に意見した。
流行とは真逆とも言えるフリルの多いドレスは、どことなく幼い印象を与え、しかも彼女のワザとらしい涙を見せ同情を誘うような話し方のせいか余計に幼く見せた。
ギルバートたちの後ろにいる人たちからも「あんなドレスを着て」や「もうそんなに小さい子供じゃないのに」と言った声がちらほらと聞こえていた。
この国では魔法学園を卒業する年の十八歳が成人とされていて、この年になればお酒なども解禁されるようになる。
つまり、大人の仲間入りと言うワケで、このパーティーはその「成人儀」も兼ねている
それに、通常は昔からの顔なじみでもあるラファエルならまだ良いとして、たとえ魔法学園に通っていても庶民である彼女に発言権はない。
そんな彼女が身分なども弁えずに王子に意見をしているのだ。
その上、その内容が「王子の婚約者は嘘をついている」ときた。これほどの事を庶民である彼女に言う資格など、全くない上に礼儀知らずもいいところだった。
「……なぜそう言いきれる。参考までに聞こう」
王子の冷ややかな視線と言葉に、彼女は一瞬怯んだように見えたが、王子に続きを促された事でむしろ「コレは好機」と思ったのか、話を続ける。
「この結界には『光魔法』が使われています。ですが、アルムス様は『光魔法』は使えません」
「なるほど『光魔法が使えない。しかし、自分は使える。だからコレは自分が開発したモノで、我が婚約者にそれを奪われた』と言いたいのか?」
ギロリと言った表現が正しいのだろうか。王子の目が一瞬彼女を射貫くように睨みつけると、すぐに視線をそらした。
「ふふふ。被害妄想もそこまで行くと笑えるな」
「な!」
「そうだろう? 貴様は周囲の人間に『自分は我が婚約者にイジメられている』と言い回っていた様だが、それをまともに受け取った人間はいたか?」
「……」
その発言を聞いて、リナリーはワナワナと怒りで拳を握りしめていたけど、それ以上に怒りをにじませていたのは……レイチェルの専属メイドであるユリアだった。
それこそ「お前が言うな!」と言わんばかりの怒りぶりである。
「そもそも、あれは我が婚約者が作り出した魔法陣を利用したモノだが、私も少しだけ手を貸している。まぁ、だからこそ最初は製作者として名前が残る事を我が婚約者は拒んでいたのだが」
そう、先程から話に上がっている「結界」はギルバートの義理の姉に当たるレイチェル・アルムスが開発したモノ……ではある。
しかし、実はレイチェルが作ったのはあくまでこの「結界」の原型だけだったのだ。
「貴様がそう言ったのは公表するまでの間に時間があったから。きっと何かしら疾しい理由があると推察したのだろうが、決してそうではない。私はずっと隣で彼女がこの結界を作る工程を見ていたからな」
「みっ、見ていたとは言っても!」
食い下がるリナリーに対し、王子は「それに」とさらに詰め寄る。
「貴様はイジメを受けていたのではなく、イジメをしていたのだろう?」
「なっ、何を根拠に!」
「それに関しては俺ではなくメイドとの彼女から話を聞くとしよう」
チラリと向けられた視線に、ユリアは驚いていた。
なぜなら、レイチェルから「私が嫌がらせを受けている事は誰にも言わないで」と言われていたからだ。
しかし、どうやらそれは既に王子にバレていたらしい。
「お嬢様は確かに、彼女から嫌がらせを受けていました」
その一言を皮切りに、廊下を歩いていたところ突然足を引っかけられたり、水を掛けられたり、教科書を破れたりした事を公表した。
そして、レイチェル本人から「心配をかけたくない」という理由から口止めされていた事も付け加えた。
「お嬢様は魔法レベルだけでなく身体能力のレベルも高いので今まで大事には至りませんでしたが、教科書が破かれた時はさすがにショックを受けていました」
「そんな……そんな事。姉さんは一度も」
「先程の言ったとおりお嬢様の意向を汲み今まで誰にも言わずに来たつもりでしたが……スティアート王子は、知っていたのですね」
ユリアの言葉にはあまり抑揚が感じられず、感情も読み取りにくいのだが、王子に向けられた言葉にはどことなくトゲが感じられる。
「すまない。影を付けて動向は探っていたのだが……」
「多分、お嬢様もそれには勘づかれていたのでしょう。だからこそ、自分からも私からも言わない様にした。ただ、教科書の修復にはお嬢様も手間取っていましたので、僭越ながらお手伝い致しましたが」
まるで世間話の様に話している二人に、リナリーは体を震わせている。
それは多分、周りから感じる視線と小さく聞こえる声の痛さと自分のしてきた事がバレバレだったという羞恥心に耐えられないからだろう。
「私がイジメていたからって何? 光魔法が使えなかったらあの結界は発現しないのよ!」
ほぼ開き直りにも近い状態の彼女に、王子は半ば呆れ気味に「はぁ」とため息をつく。
「貴様はどうやら『光魔法が使えるのは自分だけ』と思っている様だな」
「なっ、何よ! それは事実でしょ! この世界は私のための世界なんだから!」
そう言う彼女に対し、王子は「ははは!」と声を出して笑う。
「そうか! それはなかなか傑作だな。しかし、残念ながら『光魔法』いや『聖魔法』なら私も使える。貴様だけが特別ではないぞ」
「……ぇ?」
サラリと言われた事実に、ここでようやく彼女は全てを悟ったのかその場で座り込んだ。
「貴様はどうやら自分がこの世界の主人公だと思っていた様だが、残念だったな。この世界に主人公などいない。この世界で生きている全員が主人公であり登場人物だ。誰にでも活躍出来る機会はある」
「…………」
そう言いきる王子に対し、リナリーはそのまま下を向いて「違う。こんなはずじゃない。本当なら、今は……」と何やらブツブツ呟いている。
「そうだ、あの女。あの女がいないせいよ!!」
突然そう叫び、王子に向かって突っ込んで来た瞬間。彼女はそばに控えていた近衛兵に捕らえられた。
王子のそばにいる近衛兵は、王子とレイチェルと共に日々鍛えているだけあって、並大抵の相手では歯が立たないほどのレベルだ。
「連れて行け」
当然、彼女も必死の抵抗を見せたが、為す術もなくパーティー会場の外へと連れて行かれた――。
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