第4話
「それで私に会わせようと思ったのですね」
「はい。彼女の話はかなり興味深いモノがありまして」
「しかし、それならばお父様やお母様にも伝えるべきでは?」
「……それも考えましたが」
しかし、魔物……正確には今も大人しく結界の中にいる彼女の話を信じてくれるかどうか……私としてはそこが懸念材料だったのだ。
――それに、魔物がここにいる事自体あまり知られたくはないし。
「……」
黙ったまま俯く私に、王子はソッと触れる。
「すまない。色々考えてくれた上での対応だったのですよね。そうでなければ俺をここに呼ぶのではなく、王宮に連れて来ていたはずですし」
「……すみません」
「いえ、王宮にはたくさんの人間がいます。イタズラに刺激するのは得策じゃない。それを踏まえて考えてその判断は正しいと思います」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをジーッと見つめる彼女の視線は「まだ終わらないの?」と言わんばかりだ。
「そんな怖い顔で見なくても……」
『なんか、長くなりそうだったし、ここに私がいるのを忘れているんじゃないでしょうね』
「ははは、なるほど。確か……人間と会話が出来るのでしたね」
『正確にはある程度の魔法レベルがある人間とは……よ。そこら辺にいるような人間じゃ話にならないわ』
少し投げやりに答える狼の彼女に、王子は「なるほど」と言って苦笑いを見せる。
――意外に、気が合うのかしら。この二人。
人間と魔物。いや、狼ではあるが、二人はお互い普通に会話をしている様に私には見えた。
「さて、それでは本題です。君に『コレ』を付けたのは『魔王』だと聞いたのですが」
『ええそうよ。正確には、魔王の意識を具現化した存在とでも言えば良いかしら』
「魔王の意識を具現化した……ですか」
『ええ』
彼女曰く、現在魔王は封印されている状態ではあるものの、意識はあるらしく、ここ最近はその活動が活発になっているらしい。
『その最たるモノが意識の具現化。具現化した事によって体を動かす事が出来なくても自分の魔力を使う事が出来る様になる』
「!」
「それって」
――魔王は封印されていながら復活していると言っている様なモノじゃない!
『ただ、広範囲に行動する事は出来ない。今のところ魔王が封印されている魔王城の中だけ。多分、これからも具現化している状態ならそれ以上動けないでしょうね』
「それなら……」
私はどことなく安堵した。しかし、王子はその言葉を受けて違う様に受け取ったらしい。
「それはつまり、魔王が肉体も復活したらその限りではない……と」
王子がそう言うと、彼女は小さく頷いた。
「え」
「つまり、魔王の復活は近いって事です。それに、ここ一年で魔王領から魔物の出現が過去の数倍確認されています。それを含めて考えても……」
『違うわ!』
考え込む様に言う王子の言葉を彼女はものすごい勢いで否定した。
『彼らは……ただ操られていただけなの』
「……どういう事?」
そう尋ねると、彼女は『実は……』と過去。魔王が封印されるまでの経緯を話してくれた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『その昔。魔王領とアクア王国は確かに争いをしていました。ですが、それは魔王領の貧困が原因だったのです』
「つまり?」
『魔王領では作物などを育てる事が難しいのです。土そのものに栄養がないらしく』
「……」
その言葉に、王子と私は顔を見合わせた。なぜなら今、彼女は「土に栄養がない」と言った。
人間である私たちの間では「魔物には知性がない」とされていたので、多分この知識は人間からもたらされたモノだろうと推察が出来たのだ。
――そうなると。
『そんな中、一人の人間が魔王領とアクア王国で国交を結ぼうと持ちかけてきたのです。もちろん、魔王様は最初でこそ警戒しておりましたが、彼が魔物のために尽力している姿を見て、国交を受け入れ。徐々に魔物と人間の共存を果たす事が出来ました』
「……そうだったのですか」
実は、現存している書物では「魔王封印」までの話しか残っておらず、それ以前の話は残っていなかった。
――でも、それならなぜ? 国交を結んで、魔物と人間が共存出来たのならなぜ……魔王は封印されなくちゃいけなかったの?
この疑問がどうしても頭を過ぎる。
『ですが、ある日を境に徐々に魔王様の様子がおかしくなっていったのです』
彼女曰く「いつ、何がきっかけで」など分からないまま、ある日を境にまるで人間が自分たちを害する存在である様な事を口にする様になったのだと言う。
「ある日を境に? どういう事ですか」
『私たちも分かりません。原因を究明しようにも魔王様は誰も近づけようとせず、近づこうモノならその者を殺しました』
「……」
『そして、ある日魔王様は一つの人間の小さな村を滅ぼしました。そこから普段魔物をよく思わない人間たちの不満が爆発したのです』
「……そうか」
『私たちもあまりにも突然の事で、驚きました。ですが、どうする事も出来ず』
彼女たちが「これ以上犠牲が出る前に」とアクア王国に事情などを説明し、そして魔王は奇しくも自身に国交を申し出た相手。アクア王国の王の子孫率いるパーティによって封印されたのだった。
『しかし、彼らの力でも魔王を殺す事は出来ず、封印するので精一杯でした。そして、私たちは人間との接触を断つことで和解しました。ですが……』
「その封印が解かれ……いえ、もうほぼ解かれているでしょう」
王子がそう言うと、彼女は「はい」と言って項垂れる。
『魔王様は具現化した意思を使い、魔王様を監視していた私たちにこの主従の首輪を付けました。コレは上級の魔物でも数時間もすればコレを付けさせた相手に操られてしまうといった呪いの魔法道具です』
「そんなモノが」
――つまり、彼女はコレに抵抗した結果。あそこで倒れていたのね。
『私があの場に倒れていたのは無意識です。ですが、どうやらあの強力な結界に当たったことでこの首輪が外れかかり、そして今。ここにいる事で完全に解放されました』
「……え」
そう説明されて、私は思わず驚いた。なぜなら、この結界にそんな機能はなかったはずだからだ。
――それなのに感謝なんて。
「それで、君はこれからどうしたいのですか」
『私は、私を救ってくれたあなたにこそ仕えたいと思っています』
「つっ、仕えたいと言っても……」
この世界では魔物を使い魔としていた記載されている書物は存在しない。
――ん? ちょっと待って。今の話で行くと、魔物と人間が共存していた時代は短いながらにあったのよね。でも……。
「何者かによって改ざんされた上に消去された可能性があるります。そこはこちらで調べましょう」
「あっ、ありがとうございます」
あまりにも大量の情報に頭がパンクしそうな私に対し、スティアート王子はどこまでも冷静だった。
――これが本来の彼の姿なのかも知れないわね。
確かに、今の王子の方がゲームの王子に近いだろう。
「使い魔についてならお母様が詳しいかも知れません」
「王妃様が」
「お母様の実家は独自の歴史書があるほどの歴史研究家の家系です。先程の話も含めてそれとなく伝えましょう。ですが、狼の姿のままでは他の者に何を言われるか分かりませんが」
王子がそう懸念を口にすると……。
『ああ、それでしたら』
彼女はそう言ってその場で一回転すると「ボフン!」という音と共に、小さな子犬の姿になった。
『これならどうでしょう……うわっぷ!』
自慢気に言った彼女の言葉を聞ききる前に、私は「かわいい!」と彼女を思わず抱きしめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます