第2話


 このゲームには『魅惑のパフューム』という名前の親愛度を気軽に上げる事が出来るアイテムがある。

 ゲームでの親愛度を上げるゲージはマックス五段階になっていて、ゲージを埋めるには十のマスを全て埋める事で段階が上がる仕様になっていた。


 ――そして、現在の状況を知るのもメニュー画面で確認が出来る簡単仕様になっていたのよね。


 しかも、選択肢で失敗をしてもすぐに前に戻る事も出来た。


 ――今にして思うと、恋愛を主としたゲームにしては、随分優しい仕様だったわね。


 しかし、それ故に戦闘面はものすごく難しい上に「簡単にレベル上げが出来るアイテムがない」というアンバランスぶりである。


 ――ああでも、戦闘をして通常得られる経験値を倍増させたり、授業の理解度を上げたり出来るアイテムはあったけど。


 つまり「戦闘したり授業を受けたりしない限りそのアイテムを使っても意味がない」というワケだ。


「って、ちょっと待って。確か……」


 ただこの『魅惑パフューム』にはある欠点があり、その欠点のせいで大体の新規プレイヤーはゲームオーバーか友情エンドのどちらかになってしまう。


 ――まぁ「欠点」というか……ただ単純に値段が高いのよね。コレ。


 そう、この『魅惑のパフューム』は他のアイテムと比べるとゼロが一つ多いとても高価なモノだったのだ。


 ――主人公は「庶民」という設定のせいもあったか、初期設定ではギリギリこの『魅惑のパフューム』が一つ買える程度のお金しか持っていないのよね。


 そして、ここでそれを買うか買わないかによって物語は大きく変わってしまう。


 ――まぁでも、ゲームさえクリアをさえすれば、そのゲームデータは引き継がれて次に最初からプレイした時はその所持金のままプレイが出来るから、元々周回プレイを目的としたゲームだったのかも知れないわね。


 そして、今のところ予想ではあるけど、この学園にいる主人公はどうやら幼い頃からこの『魅惑のパフューム』を使っている可能性が極めて高い。


 ――それに加えて逆ハーレムを狙っているのであれば、王子やギルバートにも接触をしてくるはず。


 ただ、恋愛の方に注力しているところを考えると……。


 ――魔法のレベルとか身体能力のレベルは後回しって感じなのかしら。


 正直、もしそうなのだとしたら、状況としてはかなりまずい。


 何度もプレイが出来る前世のゲームであれば、一度の失敗でゲームオーバーになってもやり直しが出来る。

 しかし、今の私はこの世界を生きている「人間」だ。

 この「一度の失敗」をしたらやり直しが出来ない。それこそ笑って許されないモノである。


 ――こっ、これはますます私が魔王を倒さないといけないみたいね。それにしても……主人公の子は『魅惑のパフューム』についてちゃんと知っているのかしら。


 実はこの『魅惑パフューム』は、親愛度を上げる事に関してはかなり万能そうに見えるけど、値段以上に「ある特性」がある。

 何度もゲームをプレイしている私の様なヘヴィーユーザーでは有名な話なのだが、意外にそれを知らずに使っている人も意外に多い。


 ――まぁ、その特性が故に魔王が攻略対象に含まれていないのだけど。


 たまに敵キャラクターが隠れ攻略対象になっていて一度クリアする事によってルートが開かれる事があるのだが、このゲームではそれがない。


 ――もしかして、主人公に転生した人。実はそんなにこのゲームをした事がない人なのかしら。もしくは初心者?


「ちょっと!」


 授業を終えて寮へと帰る道すがら、そんな事を考えていると突然呼び止められた。


「はい?」


 振り返ると、そこにはこの世界では珍しい長い黒髪に星をかたどった髪留めをした紫の瞳が特徴的な女子生徒が立っていた。


 ――やっとお出ましね。でも、まさか自分から声をかけてくるなんて。


 私としては、そもそもゲームの様にイジメをするつもりはなかったから、違うクラスの主人公とはあまり接点がない。

 ついでに自分から絡みに行っておかしな噂話を立てられなくなかった……というのも理由の一つとしてあった。

 だから、正直主人公の存在を気にはなりつつも自分から絡みに行く様な事はしなかった。


「はい? じゃないわよ! あんた、なんて事してくれたているのよ!」

「……?」


 はて、私が一体何をしたというのだろうか。


 ――いや、色々とした様な……していない様な。心当たりがある様でない様な……。


「とぼけているんじゃないわよ! 王子が、私のスティアート王子が!」


 ――ああ、王子の事ね。


 確かに、今の王子はゲームの中の王子とは比べものにならないほど穏やかな性格になっている。


 ――一人称も「私」で口調も昔のまま。


 ゲームのスティアート王子は一人称が「俺」で、口調も誰に対しても敬語を使わずどことなく冷たいモノだった。


 ――確かに、ゲームをプレイした事のある人からしてみれば違和感しかないわね。


 そして目の前にいる彼女はどうやらゲームのスティアート王子推しだったようだ。


 ――それにしても「私の」ねぇ。


 そもそもこのゲームでは存在しない逆ハーレムルートを目指しているだけあって、この子の言動はあまり感心出来ない。


 ――何よりあたかも「自分の物」と言っているのが気に入らないわ。


 ゲームの中の主人公は大人しそうでありながら「コレだけは譲れない!」という事に関しては頑なに譲らないちょっと頑固な一面を持つ女の子だった。

 しかし、中身が変われば当然人格も変わるのだろう。

 今の彼女からはとても主人公の様な可愛げの様なモノは感じられず、ただの我の強い女性にしか思えなかった――。

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