第5話


「失礼致します」

「お久しぶり、レイチェルさん」


 人懐っこそうな笑顔は、切れ長で「美人」と表現しやすく威圧感を与えてしまいがちな普段の様子からのギャップがすごい。


 ――むしろ、このギャップに落ちる殿方もいるのでしょうね。


 まさしく「自分の魅力をよく分かっている」といった感じだ。


 ――世渡り上手な人って、こんな感じの人を言うのかしら。


 私はほとんどお茶会などに参加していなかったけど、その数少ない参加したお茶会でライア様とは出会った。その時の印象がコレだったのだけど。


 ――お母様は私を相当気に掛けて下さったのね。


 それこそ、お母様からは「あの方には気をつけなさい」とよく聞かされていた。


 ――正直「お母様がそこまで言う相手」って事で、かなり警戒はしていたわね。


 実はゲームの中でもレイチェルはライア様と親交があった。


 ――多分、レイチェルとしては「自分と仲良くしてくれて、しかも宰相の奥さんと仲良くする事で息子であるラファエルと王子との仲を取り持とう」とでも考えたのでしょうね。


 しかし、結果として彼女は王子に捨てられる。この結末はどのルートでも変わらず、そのまま死亡フラグが回収されるのだ。


「お久しぶりです、ライア様」


 深くお辞儀をすると、ライア様は「そんなにかしこまらないで」とまたも笑顔を向ける。


「……」


 しかし、私はその笑顔を見て思わず狼狽えた。


 それは魔法のレベルが上がったから……とかそういった理由ではない。これは私のただの勘なのだけど。


 ――なんか、いつもの見かける笑顔とは違う様な……。王妃様とは別の意味で「敵に回したくない相手」だわ。


 スティアート王子の母親である王妃様は、未来が視えるからなのかどことなく浮世離れしているところがある。それ故に掴みどころのない人だ。


 ――それこそ王子の婚約者になってからの付き合いではあるけど、未だに分からない事の多い人だわ。


 しかし、決して毛嫌いをしているワケではない。むしろ、仲は良好だと思う。


 ――でも、この人とはとても仲良く出来そうにないわ。


 そういえば、ライア様は王妃様を毛嫌いしている……などと言った噂を聞いた事がある。


 ――もしかして、今日ここに来たのもそういった関係かしら。


「どうかしたの?」

「……いえ」


 色々と思案はしたものの、結局結論は出なかった。しかも、相手から座るように促されてしまえば、座らないといけないだろう。


 ――何せ相手は現宰相の奥様だものね。下手な対応をして、王子に迷惑はかけられないわ。


 なんて事を思っている事をきっとライア様は気がついてはいない……だろう。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「今日はどういったご用件でしょうか」

「突然、ごめんなさいね。ちょうど近くを寄ったモノだから」


 ――近くに寄った……ね。


 確かに、魔法学園の近くには自分の旦那が務めている仕事場が近くにある。


 ――でも、自分の息子ではなく私に会いに来る理由が全く分からないわね。


 それくらい彼女と私の関係は薄い。


「……どうして私がここに来たのか分からないって顔ね」

「……」


 そう問いかけるライア様に私は何も言わない。相手の出方が分からない以上、こちらとしても反応に困るからだ。


「そんなに警戒しなくても……と言いたいところだけど、仕方ないわよね。だって、私とあなたはそこまでの仲じゃないもの。むしろ警戒して然るべきだわ」

「……」


 ――それが分かっているのに、どうして?


 この疑問が出なかったワケではない。


「……別に深い意味があるワケじゃないのよ。ただ、息子の事でちょっとお願いがあってね」

「お願い……ですか」

「ええ、あの子。ラファエルに昔から仲の良い女の子がいてね。その子もラファエルと一緒に今年魔法学園に入学したのだけど……その子が……ちょっとね」

「?」


 ライア様はあまり直接的な言い方をしたくないのか、どうにも言葉を選んでいるように感じる。


「……レイチェルさん。あなたは異世界転生って信じる?」

「……」


 ――信じるも何も……。


 私もその「異世界転生」をした人間だ。


 ――って、まさか!


「実は、その子が『自分は選ばれた人間』だと言っていてね。最初は優しい庶民の子だったと思っていたのだけど。どうにもね」

「……息子さんはなんて仰っているのですか」


 そう聞くと、ライア様は首を左右に振る。どうやら何を言っても無駄の様だ。


「お願いというのは、決してあの子と仲良くして欲しいとかそういった事じゃないの。ただ、ちょっとその子に注意して欲しいと思って」

「それは……」


 確かに注意しておく必要があるだろう。ましてや相手が「私と同じ異世界転生者」の可能性があるのだとしたら。


「わざわざそのためにご足労頂いたのですか?」

「もう私の声があの子に届かないから。それに、その子が『逆ハーレム? を目指す』とか言っていたのを使用人たちが耳にしていたらしいから」

「そうですか、ありがとうございます。ちなみに、その庶民の方のお名前は分かりますか?」


 そう尋ねると、ライア様は「リナリー・カーマインよ」と小さなため息と共にそう答え、その名前を聞いて私は確信した。

 なぜなら、その名前はまさしく、私が前世でプレイしていたゲーム「聖なる海に星の願いを」の主人公の名前だったから――。

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