第2話
ダンジョンを巡るだけでも少しは身体レベルが上がる。それは当然の話だろう。
なぜなら「ダンジョンを巡る」という事はつまり「戦闘をする」と言っても過言ではないからだ。
――でも、それだけじゃ全然足りない。あの反則級の魔王の攻撃を避けるにはレベルが低すぎる。
ダンジョンを巡る内に、私は人知れず次第にそんな焦りを感じ始めていた。
確かに、私の今の魔法レベルだけでなく身体レベルも一般的な魔法騎士に引けを取らないレベルだとは自負している。
しかし、それだけでは意味がない。
でも、私の目標は「将来の就職」でも「魔法学園で目立ちたい」というワケでもない。
――貴族たちの中には「魔王復活」という話を信じていない人たちもいる。
それは魔物の侵攻は多少あるものの、その侵攻の勢いが年々弱まっているのが一番の理由だ。
――でも、魔王は復活する。
前世でゲームをプレイして、実際にギルバートや王子、ステラ様と出会ってさらにそう思う様になった。
――本当は王宮にいる騎士たちに混ざって訓練を受けられるといいのだけど。
さすがにそれは王子が許されないだろうし、そもそもお母様もお父様もユリアも許してくれないだろう。
――それにしても、こんな「普通じゃない婚約者」に王子もよく付き合うわね。
しかも、ものすごく楽しそうに……。とても「デート」とは言えないダンジョン巡りに一緒に赴いて。
「……」
前世で私の知るスティアート王子はあんなに楽しそうに笑う人じゃなかった。確かに、俺様王子ではないけど「冷たい」とか「どことなく冷めた」印象の強い人。
それがどうだ。
この世界のスティアート王子はよく笑って毎日楽しそうにしていて、ダンジョンで新しい発見があれば、キラキラとした目を見せる……そんな子供の様な人だ。
――いや、十歳もまだ『子供』よね。
そこからいきなりゲームに出てくる様な人になったとしたら、よほどの「事情があるに違いない」と思うしかない。それくらい今の彼とゲームの彼は違う。
「ところで姉さん。コレ、どうやって……」
ギルバートがそう尋ねたタイミングで、ちょうどユリアが「失礼します」と現れた。
「うわ、ユリアさん。びっくりした」
「ギルバート様、失礼致しました」
ユリアは律儀にギルバートの方を向きながら深々と頭を下げる。
「何かあったんですか?」
「いえ、私はお嬢様に呼ばれて来ました」
「姉さんに呼ばれて?」
「ええそうよ」
そう言って私はユリアの方を見る。
「?」
――この反応を見るに、ギルバートは知らないのね。
「了解致しました」
ユリアは私の反応を見てすぐにそう言って軽く手を広げると……。
「!」
先程からいそいそと準備していた鎧や剣の下に魔法陣が出てガチャガチャと動き始めた。
「……すごい。あれだけの魔法を少量の魔法量で」
ユリアが魔法を使えると知らなかったギルバートは驚きの表情を見せつつ、鎧たちが動く光景を見ている。
「ええ。本当に、器用よね」
通常は「貴族」が魔法を使えるモノとなっているので、庶民で魔法を使える人はあまりない。
そして、ユリアはその例外には含まれない。そうユリアは元貴族だったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私がその事実を知ったのは、魔法の特訓を初めて間もない頃の話だった。
「うーん」
その時の私はまだ魔法陣を長時間発現させる事が出来ずに特訓が難航して困っていた。
「お嬢様、どうされましたか?」
「ユリア」
そんな時に声をかけたのが、ユリアだったのだ。
――そういえば、ユリアの事。何も知らないのね。
ふとそんな事を考えた。
ゲームの中でユリアの説明は何もなかった。それどころか名前すら表示なかったので、彼女はたくさんいるアルムス家のメイドの中の一人としかゲームの中では存在していなかったのだ。
――でも一応は私の「専属」という事になるのよね。
つまり、彼女はゲームの中でレイチェルにイジメられ続けたという事を意味する。
――なっ、なんだか罪悪感。
決して自分が行ったワケではないのに、今は自分がその存在になっているからこそ、そんな事を感じるのだろう。
――だっ、大丈夫よ。私、今はイジメなんてしていないし、そもそもイジメなんてしている暇もないし。
なんて事をずっと考えていたからだろうか。ユリアは「お嬢様?」と不安そうな表情で私を見ている。
高熱で倒れて時間は経っていたけど、この時のユリアはよく私の心配をしていた。
「なっ、なんでもないわ!」
そう言うと、ユリアは私の目の前に広がっている魔法の参考書をチラリと視線を向けた。
「……心配せずとも、お嬢様の魔法のレベルは同年代の方よりも遙かに上ですよ」
サラリと出て来たユリアの言葉に、私は思わず反応する。
「え」
私がユリアの方を凝視すると、ユリアは「しまった」と言わんばかりに自分の口に手を当てた。
「ユリア」
「もっ、申し訳ありません。でっ、出過ぎたマネを……」
基本的にズバッと物事を言う彼女が珍しく狼狽えている事に気がついた。
確かに以前の私は、今の様に何かを言われるとすぐに癇癪を起こしたり大声で怒鳴ったり、最悪の場合は物を投げ飛ばしたりしていた。
――今はそんな事はしていないし、むしろ今に慣れてくれたと思っていたのだけど。
それでも、植え付けられた「記憶」というのは早々消えないという事を察した。
――いえ、もしかしたらそれだけじゃないのかも知れない。
彼女の反応を見ていると……ふとそんな事を感じてしまうほど、ユリアは自分の口から言葉に驚いていた。
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