第4話


 その結果が『今』である――。


「ギルバート。どうしてこんな事を?」


 私とギルバートは並んで座り、そんな私たちの前にいるのは『お母様』だった。


「そっ、それは……」


 お父様のお部屋でギルバートを見つけるよりもすぐ前に、ギルバートの後をつけてお父様の部屋の前ですぐに不審な行動をしている事に気がついた。


「――ユリア、お母様を呼んできて」


 私と一緒に行動していたユリアにそう伝えると、ユリアは「かしこまりました」と言って音も立てずに姿を消し、私はお父様の部屋にギルバートが入っていったのを確認して、お父様の部屋に入っていった……というワケだ。


「前のご家族に何か言われていたの?」


 そう尋ねるお母様の声と眼差しは優しい。


 ――お母様が仕事相手に向けるような目で見たら、きっとギルバートは萎縮していたでしょうね。


 それくらい仕事中のお母様の視線は鋭い。でも、それは「それだけ真剣に仕事をしている」という事の裏付けでもある。


 ――まぁ、私もそんなお母様の顔が似ているからなのか、どことなくきつい目つきをしているけど。


 それでもゲームの中のキャラクターで『悪役令嬢』というだけあって「美人」である事には違いない。


「じっ、実は……ここに来る前に……」

「ええ」

「だっ、旦那様から『金目になりそうなモノを盗ってこい』と言われて、もしやらなかったら連れ戻すって言われて……それで」

「……」


 いつもオドオドした態度を見せているけど、涙を見せた事はなかったギルバートが涙ながらに声を震わせてそう説明した。


 ――旦那様。


 普通の家族であるはずの相手に向かって言う言葉ではない。


 しかも、ユリアの話では「最初に来た時。ギルバート様のお召し物が……そのあまりにも」と言っていた。


 若干信じられないところがあったけど、今のギルバートの説明で「確信」に変わった。

 しかも、養子としてアルムス家に来た後もギルバートは前の家に脅されていたのだ。


 ――ギルバートを養子にした時にお金をもらっておきながら、なんて人たちなの。


 ただ、彼らにギルバートを連れ戻す事は出来ないはずだ。しかし、ギルバートは「彼らならやりかねない」と思って怯えていたのだろう。


「ギルバート、話は分かったわ。今まで何を盗んだの?」

「その、まだ。ぬっ、盗んではいません。その、いつも……」


 ギルバート曰く「旦那様の言う事に従わないといけないと思いつつ、やはり盗みは良くない」という気持ちもあってなかなか実行に移せていなかったらしい。


 ――きっと良心が勝ったのね。ギルバートは優しい子だから。


 それはゲームをプレイしていてよく知っている。


「でも、そんな矢先に手紙が来て……」

「それ、どこにあるかしら」

「ぼっ、僕の部屋に」

「案内してくれるかしら」


 そう言うお母様の表情は「笑顔」だったけど、その目は……笑っていなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「……」


 結論だけ言うと、ギルバートの生家『ブロットス家』は没落した。


 金遣いがかなり荒かった事がもっともの理由で、そんな両親を反面教師にしていたのか、ギルバートの腹違いの兄は家を継ぐ気はなかったらしい。

 しかも、両親には知らせていなかったけど「家が没落するのは時間の問題」と思っていたギルバートの兄は既に入り婿として現在の婚約者の家に嫁ぐ話を進めていた。


「兄曰く『タイミングを見計らって言うつもりだったらしく、今言ったところで二人とも癇癪を起こして話し合いどころじゃなさそうだったから』と先延ばしになっていたそうです」


 ギルバート曰く、彼の両親は自分たちの思い通りにならなければすぐに癇癪を起こしてしまうらしい。


 ――それじゃあなかなか言いだしにくいでしょうね。


 そして、二人はギルバートに窃盗を指示したとして逮捕され、息子たちへの接近禁止令が出されたと同時に爵位も剥奪された。


「兄は婚約者の方に僕の事も話していて、もしアルムス家の養子になっていなければ共にその婚約者の方の家に養子として僕を引き取るつもりだったらしいです」


 結果としてギルバートはこれまでの経緯も考慮されてお咎めなしとなった。


 ――多分、ゲームの中でも似たような事が起きてレイチェルはこれをお母様には言わなかったのでしょうね。


 それこそ「良い弱みを見つけたわ」とでもほくそ笑んでいたかも知れない。


 ――それで「言われたくなかったら言うことを聞きなさい」とでも言いそうね。


 そういった事が続けば、確かに「ひきこもり」になってしまった事に関して説明がつく。


「その、ありがとうございます」

「え?」

「その、僕を止めてくれて。それに、ちゃんと僕の話を聞いてくれて」

「私は何もしていないわ。家からの手紙を読んで彼らを逮捕する様に手配したのはお母様だもの」


 手紙を読んだ後のお母様の激昂は凄まじかった。


「まぁ、なんにしても良かったわよ。解決して」

「はい」


 そう返事をして穏やかに笑うギルバートは王子とはまた違うタイプのイケメンに成長を予感させる。


「それじゃ、まず手始めにその敬語から直しましょうか。後、私の事は『姉さん』って呼んでね」


 ようやく「家族」として第一歩を踏み出したギルバートに向かい笑顔でそう言うと、ギルバートは「がっ、頑張ります」と答え、私はそれに「敬語になっているわよ」とまた笑顔で注意したのだった――。

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