第2話


「お父様」


 ノックをした私の目の前にある大きく重厚な扉の先にお父様はいらっしゃるのだけど。


 ――この扉の見た目がどうにも『板チョコ』にしか見えないのよね。


 光沢のある茶色もそうだけど、凹凸部分なんて前世で見た『板チョコ』そのものだ。

 そして、ものすごく大きく見えるのは……私がまだ五歳の子供だからだろう。


「……」


 ――聞こえなかったのかしら。


 確かに、この扉はかなり大きい。小さすぎる音は聞こえないかも知れないと思い、もう一度ノックしようとしたところで。


「すまないレイチェル。返事をするのが遅くなった」


 お父様が大きく扉を開けて私を招き入れた――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「……」


 ――あれ?


 部屋に入ってすぐに私と同じくらいの年の男の子がいる事に気が付いた。


「あの、話と言うのは」


 ――まぁ多分、この子の事でしょうね。


 どことなくオドオドと周囲を見渡して落ち着きのない態度が目立つが、大方「跡継ぎ候補として養子になった」と言ったところだろう。


 これも貴族社会ではよくある話らしく、私は今回王子と婚約したため、アルムス家を継ぐ事が出来ない。

 その上、私はこの家の一人娘。そこで目の前にいる少年が「その候補」として養子になるのだろう。


 ――でも、この顔どこかで見たような……。


 そこで私はハッとした。なぜなら、目の前にいる少年はゲームの中では『隠れルート』つまり、彼も攻略対象だったのだ。


 ――あまりにも見た目が違うからすぐに気が付かなかったわ。


 ゲームの中で彼は「引きこもり」という設定になっており、ほとんど授業に参加していない。

 しかし、元々頭がいいのか授業に出るまでもなく試験では上位の成績を残している天才だ。


 どうして彼が「引きこもり」になったのか、それももはや説明をする必要もないかも知れないが、私の「イジメ」が原因である。


 ――親を取られるって思ったんでしょうね。


 今の私は何となくそうした理由が分かる。


 しかし、彼にとってしてみれば、突然養子に入る事になり不安でいっぱいなところに私のイジメだ。相当精神的に参ったに違いない。


 ――もしかしたら、レイチェルは彼の容姿を侮辱したのかも知れないわね。


 それが原因なのか、ゲームの中で彼はいつもフードを目深に被っていて、パッケージの方でもその素顔は明らかにされていない。


 ――だから、プレイヤー中には「この人が魔王」と勘繰っている人もいたほどだったのよね。


 しかし、彼の素顔が明らかになると、周囲の評価が一変した……というのは、まぁよくある話だ。


 ――今はまだ少年だし、そこまで破壊力はないけど……。


 それでも王子と同じく将来はとんでもないイケメンになるのはもはや必然だろう。


「――それで……レイチェル?」

「えっ、ええ。ちゃんと聞いていますわ。彼を養子として迎える……というお話ですよね?」

「ああ。彼はギルバート。これからファミリネームはアルムスとなる。レイチェルとは同い年だけど、少しレイチェルの方が先に生まれているから、レイチェルはお姉さんになるね」

「分かったわ」


 彼の事は分からない事が多い。以前はどういったところで生活をしていたのかとか、好きな事は何かとか……。


 ――でもまずは。


「これからよろしくね。ギルバート」

「はっ、はい。よろしくお願いいたします」


 ――私に慣れてもらうところから……かしらね。


 私の言葉に対し、深々とお辞儀をする態度はとてもこれから家族になる人間の態度ではない。どちらかというと、使用人の方が近い。


 そんな彼に対し、私は「私たちはこれから家族になるんだから、そんなにかしこまらなくていいのよ」と笑顔で彼を見つめながら言った。

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