第5話


「どうした」

「あ、いえ。なんでも……」

「なんでもないという感じのため息ではないと思ったけどな」

「……」


 ――さすが、鋭い……というか、そんな整った顔で迫らないで。


 前世でもあまり男子と関わりがなく耐性のない私にとって、王子の整った顔は正直、心臓にかなり悪い。


 ――イケメンなんだけどね。


「いえ、本当に……」


 しかし、これを王子に話すような内容ではない。


 ――それこそ「私の問題」であって……って、本当に顔がいいわね。


 実は、ここ最近『魔法陣』を安定して出せる様になったので、ステップアップしようと考えた。そして、すぐに思いついたのが『ダンジョン』に入るという事だった。

 そして、この国『アクア』にはいくつかダンジョンが存在している。

 ただ、コレは攻略を目的としているワケではなく、どちらかというと魔法レベルや身体能力を上げるために利用される事が多い。


 ――王宮にいる騎士たちの採用試験の場としても利用されるくらい……って、それはいいんだけど。


 問題は「そのダンジョンにどうやって行くか」である。


 そもそもダンジョンは何人かで行くのが普通とされているのだが、私は一人で行くつもりだ。


 ――将来的には魔王に一人で立ち向かうつもりだしね。


 そのためにはやはり効率よくレベルを必要があるのだが、それをお母様もユリアも許してはくれそうにない。


 こうしてこの問題が解決出来ず、私は困っていたのだ。


「もしかしなくとも魔法に関する事か」

「……はい」

「そうか。あくまでこれは俺の予想だが、ある程度魔法のレベルが上がりステップアップする手段がなく困っている……と言ったところではないか」

「……」


 王子はそう言って何やら考え始めたが、決して「手段がない」というワケではない。ただ、説得する方法がないというだけで。


「――うん、よし」

「王子?」


 何やら「いいことを思いついた」と言わんばかりの表情の王子に一抹の不安を覚えた私は、思わず王子に尋ねる。


「レイチェル嬢。もしよければ俺と婚約してくれないか」

「……え。えぇ!」


 あまりにも突然の申し出で、私はその場で固まり、しかもタイミングがいいのか悪いのかちょうど戻って来たステラ様とユリアも相まってその場は騒然となった――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「とっ、突然何を言い出すんですか!」

「そこまで驚く事でもないと思ったけどな」

「普通に驚きます!」

「まぁ落ち着け」


 王子にそう言われ、私は大人しく対面で座る。ステラ様も王子の隣にいるけれど、ユリアには席を外してもらっている。


「そもそも、あのお茶会は俺の婚約者を探すために催されたモノだったのだが……その様子だと知らなかったみたいだな」

「はっ、初耳です」

「まぁ、そうだろうな。レイチェル嬢はお茶会などにほとんど参加した事がない箱入り娘だと聞いていたからな」

「……」


 ――それも初耳だけど。ああ、みんな話しかけてこなかったのはそういった理由もあったからか。


 いずれにしても、私としてはありがたかった。


「そして、君は既に魔法の勉強をしていてステップアップをしたいと思っているが、出来ないという状況なんだろう?」

「そうです」

「それらを打開するために手を組むという意味で俺と婚約した方がいいと思ったワケだ」

「……」


 いや、なぜそこから「婚約」という話になるのだろうか。


「あの、王子に事情は分かりました。ですが、私にメリットは……」

「ある。王族が受ける魔法の授業を受ける事が出来る上に、ある程度レベルがあれば一人でダンジョンに入る事も出来る」

「一人で……ですか」

「ああ、たが護身という意味合いも込めて『守りの札』と『転移ストラップ』は持って行ってもらう事が条件にはなるがな」


 王子の言う「守りの札」は一度致命傷を受けても回復する事が出来る魔法アイテムで「転移ストラップ」はその名の通り場所を移動する「転移」が出来る優れモノだ。


 ――傷を治すポーションをいくつか持って行くにしても、その二つだけ持って行けばダンジョンに出入り自由というのは、なんともありがたいわね。


 しかし、そのためには王子と婚約しなければならない。


 ――王子と婚約すると、ゲームの中の通り話が進んでいく可能性が高くなるのよね。


 そうなると、私の死亡フラグが回収される可能性も高くなってしまう。ただ、ゲームと違うのは「王子側からの申し出」という点だ。


 ゲームではレイチェルが王子に一目ぼれをして、アルムス家と王族が話し合いを設けて決まったモノである。


 ――王子側の申し出という事もあるから、これから先の私に婚約破棄を言う王子のリスクは跳ね上がるわね。


 それでもやはり躊躇ってしまう。この選択を間違えると、取り返しのつかない事になりそうだったからだ。


 ――でも、ダンジョンの話は魅力的なのよね。


 そう悩んでいると、それまで静かに黙って聞いていたステラ様がこちらの方を見ている事に気が付いた。


「あの、わっ。私はレイチェル様が私の義理のお姉さんになってくださると、嬉しい……です」


 小さな震える声でそう言うステラ様はやはり可愛らしい。


「ステラもこう言っている。考えてはくれないか」

「う」


 私としても可愛い義理の妹が出来るのは嬉しい。でも、それと同時にリスクも伴ってしまうという事実に立ち止まる。


「では、こうしよう。十五歳になれば俺もレイチェル嬢も魔法学園に入学する。卒業は三年後。それまでに俺が君を裏切るような事をすれば、君の望みを叶えるっていうのはどうだろう?」

「え?」

「君が心配しているのは『婚約』という話だろう? 俺は君を気に入ったが、どうやら君は……違うみたいだ」

「……」


 確かに、王子の指摘通りだ。

 私は、ゲームの中の恋愛パートでは王子推しだったけど、将来の事を考えると、どうしてもダメだった。


 ――今も婚約の話が出ているし。


 ストーリー補正とでも言うべきだろうか、多少の紆余曲折はあるが、確かに物語の通り進んでいると実感してしまう。


「なんでもいい。この際、君が頷いてくれるのなら」

「なっ、なんでそんなに必死に」


 私は王子の様子が少しおかしい事に気が付き、思わず尋ねる。


「俺にもやらなくてはいけない事があるというワケだ」


 そう言いつつ笑う王子の表情から「これ以上は何も聞くな」と言われている事に気づいた。


 ――そうね、王子にも……あるのね。誰にも言えない秘密が。


 ゲームの中でそういったニュアンスの会話はあったのだが、それは後日談としてファンディスク内で明かされるはずだった。


 ――その前に私、死んじゃったし。でも、つまり王子は婚約者という名の協力者という事になるのよね


 王子の後ろ盾があるのは確かに心強い。


「……分かりました」

「じゃあ」

「でも、書面にて先ほどの話にサインを頂けるのであれば……ですが」


 そう言うと、王子は「なかなか慎重なんだな。ますます気に入った」と言って紙とペンでサラサラと書き上げてしまった。


「……あの、この最後の文は必要でしょうか」

「ああ、言ったはずだ。俺は君を気に入ったと、だからちゃんと守れたあかつきには、すぐに結婚してもらう」


 そして「俺もご褒美は欲しいからな」とニヤッと笑った顔に、サインを書いていた私は思わずペンを落としそうになってしまった。


 ――うぅ、どんな顔でもかっこいいとか。ズルい。


 その後。王子たちは王宮へと戻り、その日の内に私との婚約は正式に決まった。

 ただ当人同士で決めた事とは言え、子供だけで話を進めてしまった事に関してはお父様とお母様から少し小言を言われてしまった……。


 ――でも、喜んでくれたみたいでよかった。


 結局のところ、私は婚約回避出来ずに終わってしまったのだった――。

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