第4話


「……すごいな」


 書斎に入ってすぐ聞こえてきたのは王子の感嘆の声。


「あっ、あの。レイチェル様は魔法に興味があるのですか?」


 ステラ様は机の上に置かれた『魔法識別装置』と数冊の本を見ながらそう尋ねる。


「え、ええ。そう……ですね」


 ただ、私としては正直「興味がある」と聞かれると、実はちょっと違う。


 いや「興味がない」というワケではないので、あながち間違いでもないけど、どちらかというと「魔王を倒さないといけないから」という理由で魔法を特訓しているという方が正しい。


 ――それも私の死亡フラグを回収される前に……ね。だから、ステラ様の純粋な目で聞かれると……ちょっと罪悪感があるわね。


 しかし全くの嘘でもないので、ここは押し通らせてもらう。


「……」

「どうかされましたか?」


 ふとステラ様の動きが止まったかと思うと、何か言いたそうにこちらの方を見る。


 ――ああ。


 ステファニー王子は書斎の本棚に夢中だったけど、やはり気になるらしい。


「ユリア」

「はい」

「案内して差し上げて」


 ステラ様が何か言ったわけではないが、何となく言いたい事を察した私はコソッとユリアに案内を頼んだ。


「かしこまりました。こちらへ」

「はっ、はい」


 そして、ホッとした様な表情を見せつつステラ様はそのまま書斎を出て行った――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「あれ、ステラは」

「お花を摘みに行かれました」


 そう言うと、王子は「そうか」と言ったリアクションを見せる。


 ――まぁ「そんな事くらい言ってくれていいのに」と言いたそうだけど、ステラ様もまだ四歳とは言えれっきとしたレディだもの。なかなか言い出しにくいわよね。


 しかし、私が王子にそれとなく言うくらいは問題ないだろう。


「……今日はありがとう」

「? なぜ王子がお礼を? お礼を言うべきは私の方では?」

「いや、今日だけ話じゃない。ステラの大切なモノを拾ってくれた上に『クッキー』の作り方も教えてくれた。ステラのあんなに楽しそうな顔を見たのは久しぶりだ」

「あの。一つ疑問に思っていたのですが、ステラ様が大事に持っていたあれはいったい」


 あの時から私は彼女が大事にしていた『モノ』が何だったのか気になっていた。


「ああ、あれは俺の母。王妃様が彼女に渡したモノだ」

「王妃様が……ですか」


 それは初耳、いやそれよりも「王妃様が側室の子に宝石を渡した」という事実が驚きだ。

 私が勝手に「正室の人は側室を嫌う傾向にある」と思い込んでいる節があるせいかも知れないけど。


 ――いや、だって本当に多いから。


 もちろん、そういう人ばかりではないが、私が前世で好んで読んでいたモノの物語ではほとんどがそういった関係性だった。


「レイチェル嬢の言いたい事も分かる。普通ではないだろうという事も、それは母も理解していただろう。しかし、母はステラの母親を見つけ側室として迎え入れる様にしていたのだが……」

「亡くなってしまったのですね」


 王子の沈黙から察した私はそう続け、王子もそれに頷く。


「原因は分からない。その日、王宮を訪れたステラとステラの母親だったがステラの母親は一度外出をしている。その帰りに馬車が事故を起こしてしまい、ステラの母親は亡くなった」

「……」


 めかけの子な上に、側室になるはずだった母親が事故で亡くなっているとなれば、色々と面倒そうだ。


「レイチェル嬢が思っている通り、この一件とステラは無関係だ。ステラはこの当時まだ赤ん坊だったからな。それなのに周りはステラを『悪魔の子』と決めつけた」

「なんてひどい」

「ああ。大人たちがそんな態度だからなのか、彼らの子供はそれに影響される。だから、俺はステラを守ろうと決めていた。そして、母も同じことを思っている」

「そう……だったんですね」


 なかなかに重い話を聞かされたが、あの日に見た令嬢たちの態度の理由が分かり、どことなくスッキリした。


 ――ゲームじゃそこまで詳しくは説明されていなかったし。


 攻略キャラクターについては多少の説明はあったが、その親族については実はそこまで詳しい説明はなかった。


 ――でも、こういった話を聞くと、やっぱりここはゲームじゃないのね。


 改めてそう実感する。


「それではその宝石は……」

「ステラの母親の遺品だ。渡したのは俺の母だがな」


 ――そういう事ね。さっきの言い方だと「王妃様がプレゼントした」みたいに聞こえたけど……まぁ、全然違うワケでもないからいいか。


「だから、あの宝石はステラにとって大切なモノだ。しかし、まさかそれを奪って投げ捨てる輩がいたとは」

「それは私も驚きました」


 あの時に見た光景の衝撃といったらない。


「しかし、レイチェル城のドレスも汚してしまい帰宅せざる負えない状況を作ってしまったのもまた事実だ」

「なるほど、そういう事でしたか。私の方は気にしておりません。むしろすぐに取り出せてよかったと思っている程ですから」


 そう笑顔で答えたが、実はあの時に中心にいた令嬢に私は見覚えがあった。


 ――多分、ゲームの中でいつも私の隣にいた取り巻きの令嬢だわ。


 通常であれば『モブ』として扱われる存在ではあるかも知れないが、あのゲームの中ではレイチェルに続いて主人公にイジメをしていたのが彼女だったのである。


 ――今思い返してみると、レイチェルが行ったイジメの中に彼女が独断で行ったモノもあったのよね。


 しかし、それらの罪も全てレイチェルが行ったとされてしまった。


 ――でもまぁ、後で彼女も処分されちゃっているんだけど。それにしても、こういった事を五歳のからやっていたのね。


 そのイジメをしていたメンバーの中心にレイチェルもいたはずだが、今は違う。


「君は……変わっているな」

「え?」

「先ほどステラも言っていたけど、これらの魔法に関する本や装置を見ていると『普通』とは違う事はすぐに分かるよ」

「そっ、そうでしょうか」


 確かに、私くらいの年の子の貴族は娯楽などに目覚め始め、外出やお茶会を頻繁に招いたり招かれたりし始めるくらいである。

 しかし、魔法が発現するのは五歳から六歳までくらいの話。

 それを知ってしまうと「特訓しよう」と思えば発現してからすぐに出来ると私は考えた。


 ――でも、一般的に魔法の特訓をし始めるのは十歳くらいらしいし。


 ただ、そんな中で「すでに魔法の特訓を始めている」という話になれば、確かに珍しいだろう。


 ――ただ、今ちょっと壁にぶつかっているのよねぇ。


 そんな気持ちが表に出てしまったのか、私は思わず王子の前で「はぁ」と小さくため息をついてしまったのだった。

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