第3章 婚約解消出来ません!
第1話
「いらっしゃいませ。ステラ様、スティアート王子」
「そんなにかしこまらなくていい。今日は妹の横にいるだけだ」
結局、私は王子の申し出を受ける事にして数日経った頃にまた手紙が来た。そこには「出来ればお宅訪問したい」と事を指す内容。
――そもそも「お礼がしたい」と言ったのはステラ様だったみたいだし。
私はあまりステラ様が「めかけの子」という事を気にしていない。
全く気にならないと言えば嘘になってしまうが、それでも生まれてきた子供に罪はないはずだ。
――それでも「妹がお礼をしたい」と言った内容を王子名義で出したという事は、そういった事に配慮しての事だったのでしょうね。
基本的に私宛だったとしても、その手紙が私の手元に来る前に使用人が一度目を通すという決まりが家にある。
――ユリアも私と同じ様に「めかけの子でも気にしない」とは限らないし、他の使用人たちもそうだろうとは思うけど。でもまぁ、よほどの事がない限り基本的には私の手元にくるのだけど。
「レイチェル様! コレでいいでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ」
そうして「お礼をしたい」と来たステラ様だったが、結局「何をお礼にしたらいいのか迷った」らしく、彼女は花束と有名パティスリーのお菓子を持って来た。
「もっ、申し訳ありません。いっ、色々と考えたのですが」
本当に申し訳ないと思っているのか、ステラ様は俯いている。しかし、私としては「お礼をされるほどの事をした」というつもりはない。
――正直「もらえるのならありがたく頂戴したい」くらいにしか思っていなかったし。
でも「お礼をしたい」と思えるほどステラ様としてはあの時。一人の令嬢によって噴水に投げ捨てられた『モノ』がそれほど大切なモノだったのだろうという事は分かる。
「じゃあ、せっかくですし頂きましょうか」
「はい」
ようやく笑顔を見せたステラ様にどことなく安堵しつつ、隣に座る王子も私と同じように安堵している姿が見えた。
「お待たせ致しました」
「ありがと……ん?」
ユリアがステラ様から頂いた『お礼』のお菓子を盛りつけて戻ってきた……のだけど、その中に見覚えのあるモノがあった。
「レイチェル様? どうかされましたか?」
「いっ、いえ。なんでもありません」
思わず驚きの表情が表に出そうになったけど、私はすぐに平静を保った。
――こういう時に平静を保てるのが貴族のすごいところよね。
焦りや驚きなどの方丈を相手に悟らせず、むしろ自分に有利に話を進める事が出来る『貴族』というのは、本当にすごいと心の底から感心する。
――まぁ、それを言ったら王族の方がもっと大変なのでしょうけど。
だからこそ、私は王族に嫁ぐのはごめんだと思ってしまう。
――でも、なんで『お礼の品』と一緒に『コレ』も持ってくるかな。
私の目の前にあるのはステラ様が持って来たお菓子……と、私が作った『クッキー』だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
現在、この国は魔王がいるとされている『魔物領』と牽制状態で止まっている状態だ。
しかし、将来的に魔王は復活するのだけど、後にその影響がこの国に大きく出る。
――この時一体どうなっているか分からないし、そもそも私は生きていない。
そうなる前に私は魔王を倒すつもりだけど、それよりも今はその後の事も考える様になっていた。
――魔王を倒すのは大前提。でも「その後に使用人がいないと何も出来ません」じゃ、話にならないし。
最初は「私は前世の記憶を持っている上にその前世では一人暮らしをしていたし」と多少楽観視をしていた。
しかし、ふと「ん? でもこの国に車なんてないわよね」そう思った事がきっかけで、前世とこの世界の違いを探すようになったのだ。
「……」
そして辿り着いた結論が「今からこの世界でも一人で暮らせる様にしておかないと、後で絶対に後悔する」というモノだった。
――だからこうして手始めに簡単なお菓子を作る様になったけど。
どうやら「貴族の令嬢がお菓子を作る」という事。そもそも「貴族が調理場に立つ」という事自体ないらしく、私が最初に「料理をしたい」と言った時も、ユリアは難色を示した。
――まぁ、料理を作るのも前世と違ってなかなか大変だったしね。
どういった方法を使うかはともかくとして、まず火を起こすところから始めないといけない。
――しかも、温度調節もその日によって考えなくちゃいけないし、何より……。
冷蔵庫がない事は驚き以外の何ものでもなかった。
――でも、この世界に「電気」がないのだから仕方がないわよね。
そう考えると、いかに前世が便利だったのか自ずと理解させられた。
しかし、そこで立ち止まっていてもどうしようもない。この世界で生まれた以上、この世界で生きるしかないのだ。
その結果「お嬢様は変わった趣味をお持ちの様だ」と使用人たちに噂される様になるのだけど。
――まぁいいけど。
ただ、この私の作った『クッキー』はなかなか好評で、ユリアに最初に食べてもらった時はなんでも「こんな軽い口当たりのクッキーは初めて」と感激していた。
――普通のクッキーだと思うんだけど。
そして、いつの間にかお母様もこのクッキーを食べたらしく「お茶請けに出しましょう!」と言う事になり、たまにお母様に頼まれて作る事があった。
――で、なんで今出したのかしらね。
ユリアが意図して出したのかは分からない。もしかしたら「いつものお茶請け」として出しただけなのかも知れない。
しかし、コレを作った張本人である私は、平静を保ちつつ内心はとにかく冷や汗が止まらなかった。
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