第5話
「……はぁ」
「お嬢様、どうされたのですか」
「ユリア。いや、ちょっとね――」
「ああ、お茶会でお召し物を汚された事ですか」
――人があえて言わなかった事をサラッと。
最初でこそ「カワイイ人」という印象を受けたユリアだったけど、ここ最近は過保護から物怖じしない性格へとジョブチェンジしたようだ。
あの後、私はお茶会の会場に戻った……のだけど、どうやら噴水に腕を突っ込んだせいか着ていたドレスを汚してしまった。
――お母様は何か勘違いをしてしまった様だけど。すぐに「どうしてそうなったのか」という事はちゃんと説明したし。
一応、主催である王子にはすでに挨拶はすませてあったので私たちは早めに帰らせて頂いた。
――王子との挨拶は……何というか、流れ作業みたいな感じで滞りなく済んで、王子から私に対して特別な話をしたワケじゃなかったはずだけど。
「それが……なぜ?」
そう言って頭を抱える私の手の中には一通の手紙。
そこには「妹が世話になったお礼を改めてしたい」といった内容が書かれている。
正直、私としては「いえいえ、そんなお気になさらず」という気持ちでいっぱいなのだが、どうやらステラ様が私に会いたがっているらしい。
――王子との接触は避けたいし、避けるべきだとは思うけど。
ここで断れば、下手をすれば「不敬だ」と言われてお父様やお母様にご迷惑をかけてしまうかも知れない。
――それだけは絶対に避けないといけないだろうし。
しかし、それを避けるには王子と会わないといけない。
「うーん」
「なぜ迷われているのですか?」
「え? だって……」
「私は詳しい状況を知りませんが、王子がお礼をしたいと手紙を出されるのはとても珍しい事。それこそ、お嬢様が以前おっしゃられていた将来の夢が叶うチャンスなのでは?」
「そう……なんだけど」
ユリアは、私が前世の記憶を持っている事を知らない。
だからこそ「王子がお礼をしたい」とわざわざ手紙を私宛に送られたという事実は、ユリアが言っている様にレイチェルが小さい頃から言っていた「王妃になる」という夢に近づけると思っていたのだろう。
――それこそ、何も知らないゲームのレイチェルだったら両手を上げて喜んだでしょうね。
でも、ゲームの内容を知っている私は素直に喜べない。
――それに、王妃になった後の事を考えると……。
「はぁ」
――お姫様に憧れる……無邪気な子供のままだったら喜べたのに。
なんて思ってしまう。
「……あんまりお待たせしてしまうのも申し訳ないわね」
「それでは」
「今から返事を書くわ。書き終わったら出してもらえるかしら」
そう尋ねると、ユリアは「お任せ下さい」とお辞儀をしつつ答えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……」
正直、ゲームの中で悪役令嬢であるレイチェルについての描写はあまり多くない。
だからこそ、情報も「主人公をイジメる令嬢で王子の婚約者」くらいしか記載されていなかった。
――王子とどういった経緯で婚約者になったのかは分からないけど。
一番可能性としてあるのは「政略結婚」だろう。
レイチェル本人がそれを望んだのも理由の一つだっただろうけどそれ以上に「政略結婚」が出来るくらい、アルムス家は地位もお金もあるし、ちょうど同じ年の私がいる。
――だから、ちょうど良かったのかも知れないわね。
少なくとも、今の私の様に王子から「お礼をしたい」という手紙がくる事はなかった様に感じた。
「……でも『お礼』って何をするのかしら」
結局、私は王子の申し出を受ける事にした。ちょうどついさっきユリアに手紙を預けたところだったが、私はふと『それ』が気になった――。
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