第4話


「あなたたち――」


 なんだかんだ、実は「複数人に言い寄られて困っている人がいる中で颯爽と登場する」という場面に憧れがあった。


 ――だって、普通に生活していてそんな場面に遭遇する事なんてそうそうないじゃない。


 しかし、颯爽と登場したのに顔がニヤついていたら締まらないので、そこだけは細心の注意を払いながら私は彼女たちの前に出ようとした……が。


「あんたなんかにコレは必要ないわ!」


 そんな大きな声と共に、中心となって言い寄っていた令嬢がその相手が大事そうに持っていたモノを奪うと、そのまま噴水へと投げ捨てた。


「!」


 ――なっ、なんて事をしているのよ!


 令嬢の行動に唖然としてしまい、私が出る前に令嬢たちは「行きましょ」と言って笑いながら去って行ってしまった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「……」


 ――うぅ、出にくい。


 明らかにタイミングを見誤ってしまった。


 ――でも、普通明らかにその人が大事にしているモノを投げ捨てる? ありえないでしょ!


 まぁ、ゲームの中のレイチェルも似たような事をしていたので、ブーメランと言えばそれまでではあるけど。


 ――それはあくまでゲームの中のレイチェルよ。私はそんな事をするはずないでしょ!


 色々と言いたい事は湧き出てくるが。


 ――とりあえず今は。


 私は令嬢たちが立ち去り、一人噴水の前で呆然と立ち尽くしている令嬢に駆け寄った。


「あの」

「!」


 突然話しかけられて驚いたのか、その令嬢は体をビクッとさせて私の方を見る。


「とっ、突然すみません。私はレイチェル・アルムスと申します。初めまして」

「はっ、初めまして。ステラ・アクアと申します」


 私が突然話しかけてしまった事もあったけど、彼女はどことなくオドオドした様子で私に軽くお辞儀をした。


 ――ん? アクア?


 そして、私はすぐに彼女の名前にピンと来た。実は彼女はこの国の王子の妹だったのだ。


 しかし、王子の妹である彼女がどうして令嬢たちにあんな事をされていたのかというと、それは彼女が「めかけの子」だったからである。


 私の前世の世界でも昔ではよくあった話だけど、この世界でも妾とか側室は存在していて、貴族ともあれば「よくある話」の一つだった。

 ちなみに、兄である王子との仲も悪くなく、むしろ仲むつまじい。

 でも、貴族の中にも「めかけの子のくせに」と言う輩は意外に多く、先程の彼女たちもそういった考えを持った人間なのだろう。


 ――いや、それにしたってよ。


 いくらなんでも王子の腹違いの妹の持ち物を噴水に投げ捨てるのはどうかと思う。


「あっ、あの。私に何か」

「いっ、いえ。あの、実は」


 ――しまった。考える事に夢中で彼女の存在を一瞬忘れていたわ。


 気を取り直して、私は小さく咳払いをする。


「先程のやり取りをその、見ていまして……」

「見ていたんですね」


 背中につくほどのブロンドが風になびき、サファイアの様に青い眼は名前の「アクア」に相応しいと思ってしまうほど美しい。


 ――ほっ、本当に同い年なのが信じられないほど言いたくなるほどの美しさね……って、そうじゃなくて。


「その。ごめんなさい!」

「え?」

「止めに入ろうと行動を起こす前にその」

「……」


 私はステラ様に深く頭を下げた。


「あっ、頭を上げて下さい」

「いえ、あの方たちがあなたに言い寄っていたのは分かっていたんです。それなのに」


 ――それなのに……私がもっと早く行動していれば!


 どうしてもそれが悔やまれる。


「いいんです。私がめかけの子だから……」

「そんな」


 悲しそうに顔を伏せるステラ様を見ていると、どうしてもたまらない気持ちになる。


 ――なっ、なんとかしてあげたい。


 そう思いつつ噴水の方へ近づくと、太陽の光に反射してキラリと光るモノが見えた。


 ――あ、これくらいなら。


 ちょっと手を伸ばせば届きそう……と私は腕を巻くって意を決して膝を折りつつ腕を突っ込んだ。


「冷たっ!」

「え、あの」

「もうちょっと……よし、取れた! どうぞ!」

「!」


 そう言って私は笑顔で『それ』をステラ様に差し出した。


「……」

「?」


 しかし、肝心のステラ様がなぜか固まって動かない。そこで私はようやく自分がとんでもない事をしたという事に気がついた。


 ――そっ、そうよね。普通、王宮の噴水に膝を折って腕を突っ込むとか……ないわよね。失敗した!


 でも、手に持っているモノはさすがに返さなくては……と、私はステラ様の手を取って『それ』を握らせる。


「もっ、申し訳ありません。少し濡れていますが」

「いっ、いえ。あの」

「じゃっ、じゃあ私はコレで!」

「え、あの!」


 私はステラ様がちゃんと握った事を確認すると、足早にその場を去った。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「いっ、行ってしまわれました」

「ステラ? こんなところにいたのか?」

「お兄様、あ。スティアート殿下」

「……わざわざ言い直さなくていいんだけどな」

「だっ、誰が聞いているのか分かりませんから」


 そう言って悲しそうな表情を見せるステラ様に声をかけたのは、腹違いの兄であるスティアート王子。


 妹であるステラと同じブロンドの髪を持ち、長さは肩につくくらいで、ステラと同じ真っ青の目を持っている。

 パッと見た感じでは、二人はそっくりな見た目をしていて「兄妹」と言われても不思議ではない程二人はよく似ていた。


 しかし「めかけの子」そう言って彼女をイジメる輩が他の貴族だけでなく、王宮内にもいる事を王子は知っていて、それで彼女がどことなく自分に遠慮をしている事も王子は知っていた。


「誰かここにいたのか?」

「はっ、はい。あの、お兄様はレイチェル・アルムス様という方をご存じですか?」


 不意にステラが口に出した令嬢の名前にスティアートは聞き覚えがあった。なぜなら、その令嬢は「ここ最近変わられた」ともっぱらの噂の人物だったのからである。


「……ステラ、詳しい話を聞かせてくれるかい?」


 そう優しく尋ねると、ステラは「分かりました」と言って優しいお兄様に手を取られながら噴水を後にした――。

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