第5話
「ただいま、レイチェルちゃん」
「おかえりなさい! お母様!」
この日、お母様が勉強中の私の様子を見に来た。
同じ家に住んでいるとは言え、お母様はお父様に代わって公爵の仕事をしている。
食事の時も別々に取っていて、それすらもゆっくり食べられていないようだ。
それこそ毎日の様に仕事の話が来たりお客様が突然来たりいつも忙しそうにしている。
貴族の女性としてはかなり珍しいとは思うけど、仕事をしているお母様は……家族である私も誇らしいと思う程かっこいい。
「ごめんなさい。いつも仕事ばかりで寂しい思いをさせてしまって」
そう言ってお母様は申し訳なさそうな顔をする。
「大丈夫! ちゃんと良い子にしているよ!」
私がそう言うと、お母様は「それなら良かったわ」と笑顔を見せてくれた。
――本当に、この世界の人たちはカワイイ人が多すぎて困る。
レイチェル・アルムスに転生して、私もゲームの中の住人になったワケだけど、正直今の自分の顔にも未だに慣れていない。
「そうだ! お父様から聞いたわよ。魔法の勉強をしているのよね?」
「うん、本では五歳から魔法が発現するらしいって書いてあったから……」
今のところ、毎日お父様からもらった『魔法識別装置』で魔法の練習をしているけど、コレと言った成果はまだ出ていない。
――それ以外にも『知識』として勉強はしておくべきだろうとは思うし。
そういった事も重なり、今の私の部屋には書斎から持ち出した魔法関連の書籍や参考書で一杯になっている。
「ちゃっ、ちゃんとお稽古もしているよ!」
両親が忙しいという事もあってか、貴族としてはよくある『お茶会』を我が家ではあまり行われていないし、こちら側からも行っていない。
それを「付き合いが悪い」と取る人もいるらしいけど、それ以上の実績をお父様が上げ、お母様が公爵家として仕事をキチンとこなしている事もあり、領民から慕われている。
それに、国王陛下はむしろ「これからも期待している」と言っているらしい。
でも、それを理由に礼儀作法などの稽古をしない……というワケにはいかないので、体調が戻ってからは徐々にお稽古事もする様になった。
「ふふ、大丈夫よ。ちゃんとユリアや家庭教師の方からも報告は受けているし、あなたが頑張っている事はみんな知っているから」
そう言うお母様の後ろにいる使用人たちは、お母様の言葉に笑顔で頷いている。
――はっ、恥ずかしい。
今までの私はどうやらお稽古事も真面目に取り組んでいなかったらしく、家庭教師の先生は泣きそうになっていた。一体どれだけ今までやりたい放題だったのだろうか。
「この年で魔法に興味を持つなんて、あなたはお父様に似たのねぇ。本当に誇らしいわ」
「そっ、そんな……」
「大丈夫よ! レイチェルちゃんは私とお父様の子供だもの! 努力している人に何もないという事はないはずよ!」
「お母様」
真剣な眼差しでお母様は私の顔を見てそう言ってくれる。それだけで、私は救われた気持ちになった。
「それに、レイチェルちゃんはついこの間五歳になったばかりだもの。焦る必要はないわ」
「ありがとうございます」
「ふふ、だからね。私も頑張っているレイチェルちゃんの力になろうと思って……」
「?」
お母様はそう言うと「少し待っていてね」とおもむろにその場を離れてどこかに行き……。
「コレをあなたにあげるわ!」
そう言って私の前にたくさんの本を積み上げた。
「こっ、これは……?」
「この国にある魔法関連の書物を見繕ったのよ」
「え?」
「実はね。あの書斎にあるモノは最新とは言い難いの。それに、今だからこそ分かる事もあると思うの」
「……」
それは確かにそうだと思う。情報は常に更新されるモノだ。
「お母様、ありがとう」
「ふふ、良いのよ。いつも一緒にいられないから、このくらいはしないとね」
お母様はそう言って小さく笑うと、使用人の一人がお母様に耳打ちをし、それを聞いたお母様は「じゃあ、仕事に戻らないと」と申し訳なさそうに言って仕事場へと戻って行った――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……」
――さすがお母様が最新と言うだけあるわね。
正直、お父様の書斎にあった本に書かれていた魔法のレベルを上げる方法は……とても斬新な方法が多かった。
――つまりは古いって事なんでしょうね。
それを考えると、こちらはかなり効率的である。
――でも、まずは魔法陣をキチンと出せる様にしないと話にならないわね。
魔法の威力を始めとしてコレといった成果はまだ出ていないが、一応「え、出ている? コレ」程度だった魔法陣は、今ところなんとかうっすらと見える様になっていた。
――それでも「うっすら」だけど。
私としてはもう少しコレで練習してキチンと魔法陣が出る様になってから次のステップに進みたいところだ。
「……」
――この後の事もあるし、それに……。
正直、ゲームの主人公たちの様にパーティが組めるかどうか分からない。
何しろ、私が魔王に挑みに行くのは魔王が復活してすぐのタイミングを予定している。つまり、主人公たちが挑みに行くよりも先に行くつもりだからだ。
――もしかしたら私だけの可能性もあるわよね。
それを考えると、やるべき事はまだまだたくさんある。でも、だからこそ基礎はしっかりすべきだと思っていた。
「……?」
「どうかされましたか、お嬢様」
ユリアはあの私の自業自得の一件以降、過保護になった様な印象を受けたけど、他の使用人曰く「いえ、前はもっと付きっきりでした」と言われてしまった。
「ううん、なんでもないわ」
「何かございましたらすぐにおっしゃってください」
「うん、ありがとう」
不意に寒気を感じたけど、ユリアの優しい言葉と微笑みに癒されながら魔法の練習を続けた――。
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