第4話


「お嬢様。本当に変わられたわねぇ」

「きっと五歳になって色々と考えられるようになったんだよ」

「心を入れ替えられたのよ。良い傾向だわ」


 前世の記憶を取り戻してあっという間に一ヶ月が過ぎようとしていて、季節はそろそろ前世では『夏』に当たり、外も随分暑くなってきた。


 ――心を入れ替えて、良い傾向ねぇ。


 そう言われてしまうと、正直少し耳が痛い。

 なぜなら「心を入れ替えた」という表現は、まさしく今の自分にピッタリだったからだ。


 ――心を入れ替えたというより、意識? 人が変わった? って言えば良いのかしら。


 ただ、こんな事を気軽に言える相手はいない。たとえ言えたとしても、それは多分。自分と同じ状況の相手。つまり『転生者』という事だろう。


 ――出来れば会いたくはないかな。しかも、その転生者が主人公だった場合……。


 ふとそんな事を考えると、私は思わず顔をしかめた。


 ――絶対面倒な事になる。


 なぜなら、今。私がしようとしている事は主人公からしてみれば「フラグへし折り」にしかならないからだ。


 ――イジメてくるはずの相手がイジメもしない。しかも、魔王を倒そうとしようとしているなんて知られたら……。


 きっと相手は怒るはずだ。

 なぜなら、主人公から見てみれば自分の役目を私が横取りしているように見えかねないからである。

 でも、そもそも『転生者』なんてそうそういないのとは思うけど。


 ――自分がそうだから……っていう決まりはないし!


 そう考えると、意外に心が軽くなった様に感じて、私は今日も両親が「私の為」と用意してくれたたくさんの本がある書斎へと向かった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「ふぅ、ちょっと休憩」


私の両親は基本的に家を空ける事が多い。


 それはお父様が『魔法研究をしている研究者』という事と、お母様が『公爵』として領土管理や民の税金などの管理をしていて忙しいというこの二点が大きな理由からである。

 元々、お父様は研究者でお母様が公爵家の令嬢。つまり、お父様は入り婿だ。


――そもそも、お母様がお父様に一目惚れしてこの国では珍しい恋愛結婚をしたワケだけど。


「……」


 だからなのか、二人とも「レイチェルが好きになった人と結婚すると良い」と言ってくれている。


 ――そんな優しい状況の中で、なぜレイチェルは「王妃様になりたい!」と言ったのだろう?


 ふとそんな事を考えたけど、すぐに「ああ、でも……」と何となくその理由は分かった気がした。

 多分、ゲームの中のレイチェルは深くもただ「自分が一番幸せ者だ」という事をみんなに見せつけたかったのだろうと思った。


 ――貴族の中でも王族。それも『王子』ともなれば、みんな羨望の眼差しを向けるでしょうね。


 ゲームの中で主人公が出会う王子は魔法学園に入学出来る十五歳。

 しかし、レイチェルが王子の婚約者となるのはそれよりもっと前のはずだ。


「……あれ」


 そう言えば「レイチェルが王子の婚約者」という事は、恋愛要素に興味がなかった私ですら知っている。


 しかし、二人が「いつ」婚約を結んだのかなどの経緯は一切描かれていない。


 ――たっ、確かにゲームの内容としてはあまり重要じゃないから説明の必要のないかも知れないけど。


 今の私にとっては「ものすごく知りたい情報」の一つだ。


 ――もしかしたら、婚約回避が出来るかも知れないのに!


 そう思うと、かなり歯がゆい。


 ――魔法の特訓もしたいけど、魔法が発現できないと意味ないし。


 どうにかして魔法の特訓を始めたかった私は、偶然家に帰ってきたお父様から「どうすれば早く魔法発現が出来る様になりますか!」と迫った。


 正直「おかえりなさい」よりも先に言ってしまった事自体忘れてしまったほどだったけど、そんな私にお父様は優しく「レイチェルは魔法に興味があるのかい?」と言って『あるモノ』をくれた。


「……」


 それが私の今。目の前にある『クマのぬいぐるみ』の様なモノである。


「コレに……」


 私はお父様から聞いて教えてもらった書斎にある一冊の魔法参考書を開きながら手をかざす。


「!」


 すると『クマのぬいぐるみ』の腕が少しだけ動いた……様に見えた。


 コレはお父様曰く『魔法識別装置』と言うモノで、魔法発現をしやすくするだけでなく、その人がどの魔法が得意なのかを知る事も出来る優れモノらしい。


 ――見た目が『クマのぬいぐるみ』にしているのは、基本的にコレを使う対象が子供だからって事でしょうね。


 そして、こういった『魔法』全般の研究をしているのがお父様だ。


 ――親の力を使わせてもらうのは正直気が引けるけど……。


 この『魔法識別装置』は、その有能さ故に実は生産が追いついていない程の人気商品で、今も品薄が続いている。

 だからこそ、私としてはかなり申し訳ない気持ちになってしまう。

 でも正直な話、出来る限り早く目標を達成したい私にとってコレを使わせてもらえるのは、本当にありがたい話だった。


「それにしても……」


 この世界の魔法は『呪文』というモノを言う必要がない。ただ、魔法が発動すれば『魔法陣』というモノが発現する……はずだ。


 ――今……出ていたかしら。


 この時は不思議に思った程度だったけど、コレが後に「魔法のレベルが低すぎるため」という事を知ったのは、もう少し後の話である――。

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