弱音を奏でる(星の逆位置)

「綺麗な音……」


 暗闇の中、彼女は一人耳を澄ませ、聞こえてくる音に聞き入る。とても悲しく、それでいて綺麗な音色に惹かれるままに彼女は歩き出す。


「見つけた……」


 彼女の目の前には、苦しそうにうずくまる人の姿があった。小刻みに震え、ガタガタと怯えているその人からは、先程の音が聞こえている。


「貴方の音色……聞こえた」


 彼女の世界には、時々こうして絶望した人が墜ちてくる。その人たちは決まって、悲しく美しい『弱音』を奏でながら、誰かの助けをじっと待っている。彼らに彼女の姿は見えていないようで、ずっと苦しそうに震えながら、儚い音色を奏で続けている。


「よく、弱音を吐くなって言うけど……弱音は奏でるもの。その人だけが奏でられる、悲しくて綺麗な音色……怖がらずに奏でれば、私のように誰かがきっと気付いてくれる……」


 絶望の底に住む彼女は、数多の弱音を聴きながら、救いを求めるものに必死に手を伸ばす。自分の姿が見えていなくても、声が聞こえていなくても……彼女は声をかけ続け、元の世界に戻るように説得をしている。


「絶望には……底が無いって言われている。それなら私は……底を作りたい……」


 遠くを見据えながら、彼女が奏でた弱音を聴きながら、私はほろりと涙をこぼすのだった。

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私と彼等の日常は、あまりにも非現実的過ぎる3(逆位置編) 死神の嫁 @Riris0113

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