一歩浮く彼(戦車の逆位置)

 彼はいつも浮いている。ふわふわと風船のようにその場を漂い、ひとたび風が吹くと飛ばされていく。その様子に慌てることもなく、ふにゃりと笑顔を浮かべながら、流れるままにしている。


「あ~主~」

「こんにちは、車戦さん……ってどこにいくのよ!」

「あはは~風が吹いてきたね~」

「待ってよ!」


 飛ばされる彼を追いかけ、追いついた頃には汗だくなんてことは日常茶飯事。当の本人は何一つ気にしていない様子で笑っている。そんな彼の考え方に、ほんの少しあこがれを抱いたりもする。


「主はさ~物事をどこから見る~?」

「え……? どこからって……正面とかじゃないの?」

「だめだよ~正面からだと見える面積が狭いから~」

「まあ、そうだね。正面から見て、その後に周りを見てってしてるつもりではあるけど、中々うまくいかないのよね」


 最初に入ってくる情報だけが、正しいとは限らない。時間をかけてあらゆる角度から物事を見て、ようやく真実にたどり着くなんてこともある。それを頭ではわかっているものの、先に入ってきた情報に振り回されたり、信ぴょう性が薄い話を信じてしまったりと、真実にたどり着くまでに時間がかかってしまったりする。


「主もさ~浮いてみてみるといいんだよ~こんな風にさ~」

「え、ちょっと!」

「ほら~どう見える~?」


 突然彼に抱きかかえられ、焦る私を完全に置いてけぼりにし、彼は言った。地面に足がつかない感覚に、最初こそ焦ったが、周りを見るといつもよりも低く見えて、何だか不思議な気持ちになる。


「一歩引いてみれば~見えてくるものが広がるよ~?」

「あなたの場合、一歩浮いてるでしょう? でも確かに、真っ向から見たりするよりは視野は広がるかもね」


 ふわふわと浮遊しながら、楽しそうに笑う彼に、私も彼を一歩浮いて見るのであった。

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