魅せる身嗜み(恋人の正位置)
「さぁ、レッスンの時間よ!」
「はい、恋人さん。今日の講義の内容は何でしょうか?」
「あら、随分と素直じゃないの。やっと理解してきたみたいね」
逆らうと、ろくな事がないということを理解している私は、彼女からの唐突な講義に対し、何も思わなくなっていた。実際聞くと自分の為になる話ばかりで、自分に足りないものが何なのか、毎回気付かされている事もあった。
「今日の題材は?」
「魅せる身嗜みよ、早速始めましょう」
「魅せる……? 身嗜みの意味は分かるけど、魅せるって?」
そう尋ねる私に対し、頷きながら相変わらず分厚いテキストを渡される。指定されたページを開き、彼女の話に耳を傾ける。
「さっき貴女は身嗜みの意味は分かると言っていたわね。では何のためにあるものかしら?」
「第一は自分のため、第二は人のため。身なりがきちんとしていれば、自分が相手に与える印象も良くなるし、相手も不快感を抱かず過ごせるから……かな?」
「そうね、私がレッスンするだけの事はあるわ。今回は魅せるがポイントよ、どういう意味だと思う?」
一般的な解釈として、魅という字には不思議な力で人を引きつけ、心をまよわすという意味があるとされている。そこに身嗜みが加わると言う事は、人を惹きつける身嗜みをすると言うことになるだろう。
だが、具体的にどのような身嗜みを指すのかは検討がつかない。即答出来ずに困っていると、彼女は溜息をつきながら話を続けた。
「ただ身なりを整えるだけでは、強い印象を与えることは難しいわ。もちろん良い印象を与えることはいい事ではあるけれど、残念ながらこの世界では悪い印象の方が目立ちやすいもの」
「確かに……きちんとしている人は当たり前だと思われる事が多いかも。それならどうすればいいの?」
「基盤を守りつつ、自分の魅力を最大限に引き出すのよ。身嗜みを整えるのは大前提であり、基本中の基本。その基本に応用を付け足す行為こそ、魅せる身嗜みになるの」
例えば、と彼女は一例を挙げて話し出した。相手が初老だった場合、通常よりも大きめの声で話し、良く見えるように何時もよりはっきり感情を見せる。これだけでも、相手に与える印象は大いに変わるのだという。身嗜みはどのようなものにも共通するものだが、それ故に差をつけるのが難しい。武器となるのは相手への配慮、それが自分の魅力として伝わり、印象に残りやすくなるのだと彼女は言った。
「何度も言うようだけど、身嗜みは基本中の基本。ここがなっていないと、悪い印象を与えることになるわ。応用を使いたいなら基本を磨く、いいわね!」
「はい先生、ありがとうございます」
「あら、いい心がけね。継続しないと意味が無いわよ?」
スパルタ教師は、強い言葉とは裏腹に優しく微笑みながら嬉しそうな口調で言うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます