第2話 オランウータンの花子

 秋のオフ会から1ヶ月後、小説サイトで万年ランク外の最底辺作家、前田星矢の身に奇跡が起きた。


 なんとプレミアム会員の登録があり、そのうえ会員から月額10万の支援金が提供される運びとなる。


 「まままま、まあ、たった10万ぽっちでなんと言うこともないが、まずは良しとしよう」


 「くちびるが震えてるぞ、無理せず犬のように喜んだら」


 支援が締結したあと恵とのオフ会でそんなやりとりがあり、その数日後のオフ会で恵以外のサイト仲間もくわわり、鼻が天狗のように伸びた星矢を前に、今回の件がログハウスのカフェで話し合われた。


 「なんで書籍化作家の僕をさしおいて、星矢さんに10万もの支援金が集まるんですか、ひょっとして詐欺、詐欺じゃないですか」


 怒りと悲哀のまじりあった訴えをするのは、臼井うすいりょう、17歳の高校男子で、サイト内のペンネームは『ウッドスプーン』。


 顔は標準だが整ったスキのない外見の良は、納得いかない表情で星矢につめよる。


 「だよねぇ、でも詐欺じゃなかった、しかも一年分の月額料を一括で入金してきたんだって、札束もったイヤらしい目つきの変質者の画像が、私のパソコンや携帯に送られてきたの、これ見てよ」


 冬型ファッションに衣替えした恵の手には、星矢のイヤらしい画像が写った携帯がにぎられ、それを悔しそうに見つめる良。


 「書籍化作家の臼井くんからすれば、たかが10万、一年分で120万円なんて端金はしたがねだろ、ムフフ」


 嫌味にしか聞こえない星矢に、高校生作家の良がくちびるを尖らせて反論。


 「1部数百円の売れるか売れないかわからない書籍を、地道に売るのがどれだけ大変か、わかってて言ってますよね」


 「それでも出版社に見込まれて書籍化できたんだ、もっと自信を持ちなさい、ただ、私の方は絶滅寸前の文化産業より、はるかにお偉い富裕層から支持を受けたのだから、まったく恥ずかしい限りだよ、ウヒっ!」


 「ダメだ、いくら年上でも、メラメラと刑法に触れる行いが湧き起こってくる」


 良の負の感情を理解した恵が、パンケーキのナイフをそっと差しだした。


 「これで思いを遂げなさい、お姉さんは見てみぬふりをしてあげるから」


 やばい雰囲気をさっした星矢が話題を変えるため、冗談はさておき、と独り言。


 「冗談じゃない」


 恵と良はシンクロ率100%でそう声をそろえたが、星矢はパソコンをテーブル上にひろげ鼻の穴もひろげて、ご自慢の『俺の作品は1000万』の続きを二人に披露する。


 「本来ならプレミアム会員でしかもパトロン契約限定の作品だが、規約上に同業者か関係者のみ公開可能となっているので、特別に私の寛大なる配慮によって、君たちにも読ませてあげるよ、つつしんで拝読しなさい」


 尊大なる人生の先輩に対し、二人のサイト仲間はひそひそ語り合う。


 「ボーリングの玉なら入りそうですね、あの鼻の穴」


 「いやいや、建築物解体用の鉄球でちょうど良いサイズよ、なんなら無理矢理つっこんでみようか」


 面白そうな会話をする両人は、ガンガンゴリ押しする星矢に根負けして、しぶしぶ会員限定作品『俺の作品は1000万』に目をとおす。


 そのあいだ例のごとく星矢の一人語りが始まる。


 「会員様には1話3000文字前後で、毎月合計3話分を公開予定だから、まあまあ割のいい案件だよ」


 とか。


 「将来は限定公開から富裕層に広がって、何がしかのエンタメ業界から声がかかり、コミック・映像・ゲーム化なども検討しておかねばならんと、今からつねづね考えているのだよ」


 とか。


 「ここのモーニングってもう1枚トースト欲しいよな」


 など。


 暖房のきいたカフェの店内で、星矢のコロコロ変わる話を聞かされつつ、恵と良はざっと小説を読み終え、不満げな批評を語りだす。


 「前から思ってたんだけど、これって小説って言うより漫画かアニメだよね」


 「ですね、話は荒いし文章はところどころ読みづらい、業界の流行からは完全に逸脱してる小説だと思います」


 なかなかの酷評には、それ相応の反撃を喰らわすのが星矢の流儀で。


 「漫画、アニメ、上等じゃないか、それにエンタメの主流はオンラインゲームや動画サイトに流れつつある昨今だぞ、古い体質から抜け出せない業界の流行なんかに乗ってたら、確実に活字媒体は沈没するね」


 書籍化作家の良や、ホラージャンルで映像化の打診も受けたことのある恵は、1度の支援しか実績のない星矢の意見に従うほど、従順じゃない。


 「活字が沈没するなら、それを元にした原作中心のエンタメ業界全体も沈没しますよ」


 「そうそう、紙の媒体は衰退しつつあるけど、私たちが頭で描いた妄想が活字になるから、面白いエンタメが創作されるの、お宅の意見は少々暴論じゃない?」


 「暴論はそっちだろ、面白いエンタメは面白い妄想からしか発生しない、こ綺麗にまとめただけの活字なんかについてくるのは、面白さを微生物なみのコミュニティでしか共有できない、仲良しクラブな連中だけだ」


 その言葉にだんだん議論がヒートアップする。


 「その微生物なみのコミュニティから、映像化やアニメ化が発生してるじゃないですか、小説サイトから大メジャーになる確率は少ないけど、業界を支える役目はじゅうぶん果たしているとは思います」


 「負担だけが重くなる業界を支えるだけでどうするんだ、大メジャーが生まれなければ、いずれ他のエンタメに食い殺されるぞ」


 「そこまで大口たたくからには、お宅の作品が大メジャーに躍り上がって、業界全体を押し上げなさいよ、ここでぶつぶつ語ってる暇があったら、自分の作品を書いて支援者を増やしたらいいじゃない」


 「ああ、なってやるとも大メジャーに、そして俺が業界の救世主になってやる」


 「どうぞご勝手に」


 最後は星矢の根拠なき演説に、恵と良は白い目をしてうなずいた。


 その日のオフ会はそれでお開きになり、葉のちり落ちたイチョウ並木の大通りを、星矢、恵、良がバラバラに解散してゆく。



 前田星矢の前に異形の存在が立っている。


 「約束どおりお前を●しにきてやったぞ」


 肩から上がカピバラ似の半獣人が、男性の声色で自主規制のかかる言葉を話しかけ、話しかけられた方は難しい顔色でたんたんと答える。


 「私は人間だ、カピバラと種を超えた約束をした覚えはないが」


 「誰がカピバラだ!ふざけやがって!ぶっ●してやる!」


 別名ミズブタのカピバラ獣人は、癒し系動物とはかけ離れたよどんだ目つきで、地面を踏みたたきながら激怒。


 「悪いことは言わん、動物園にかえってユズの温泉にでも浸かりなさい、そうすれば眠たくなって目が覚めたあと、元のハゲネズミに戻れるかもしれん」


 「うぉおおおおお!黙れボケナス!俺は人間だ!カピバラでもなければハゲネズミでもない!」


 「だったらなんだ!どう見たってハムスターには見えんぞ!」


 問題はそこじゃなかったが、カピバラ獣人がさらに地面を踏み鳴らすので、合わせて星矢も地面を踏み鳴らす。


 「うぉおおおお!」


 「ぬぉおおおお!」


 「グォおおおおお!」


 「ぎゃぉおおおおお!」


 「マネするな!!」


 カピバラ獣人がようやく気づいたので、星矢はため息をついて。


 「うす味で思い出したが、貴様は近況報告で俺にからんできたカピバラだな、で、なんの用だ、俺はノラ猫のエサを横どりするのに忙しい身なんで、要件は2秒で済ませてくれ」


 「どこまでもバカにしやがって、お前のことは前々から気に食わなかったんだ、小説サイトで人気も実力もないくせに偉そうしやがって、サイトの秩序を乱しやがって、だから俺が天誅を加えてやる」


 「ゴミカスの集まり小説サイトの秩序を守るために、社会の秩序を乱すつもりなのか、バカでアホで気の狂ったことはやめろ」


 「グルるるる、天誅、天誅、天誅」


 危険な唸り声のカピバラに対し、星矢もやめれば良いのに挑発をやめない。


 「今ならまだ間にあう、オランウータンで妻の花子が動物園の檻の中で、息子のアルパカ、娘のインド象と一緒にお前の帰りを待っているぞ、さぁ、お土産のバナナの皮をもって帰ってやれ」


 その言葉に怒りが限界に達したカピバラが、懐からナイフを取り出し、それを舌でナメた。


 「プレミアム会員から援助金をもらうらしいな、だがお前は支援を受けられない、なぜならここで●ぬからだ、グヒヒヒヒ」


 小説サイト内の近況報告で自慢したのが、カピバラの逆鱗に触れたようで、星矢はこのピンチを口先だけで乗り越えなければならなくなる。


 「その光る物はなんだ、ひょっとして会員登録のお祝いに僕チンに、中華名物のチンジャオロースをご馳走してくれるとか」


 「ナイフを見ても生意気な口は減らないが、足が震えてるぞ、グヒョグヒョグヒョ」


 両膝を内側に向けながらへっぴり腰で手刀をかまえる星矢に、一歩、また一歩と近づく、いかれるモンスターと化したカピバラ。


 「話はわかった、そこでどうだろう、支援金の一部でお菓子のクリームコロネを一箱進呈しようじゃないか、甘いものでも食べて心を落ち着けたまえ」


 「ブヒョヒョヒョヒョ!」


 もはやナイフをもったカピバラに、言葉は通じないと理解した星矢は背をむけ一目さんに逃げ出すが、どうしたわけか足が重くて前に進まない。


 「待てぇぇええええ!クリームコロネをよこせぇえええ!」


 「ヒィイいい!花子ぉおおお!花子ぉおおお!助けて花子ぉおおお!」


 最後は苦しまぎれに、オランウータンの花子の名を叫ぶ星矢だったが、そんなウータンはこの世には存在せず、カピバラのナイフが鈍足の星矢につき刺さり・・・


 「グォおおお!死ぬ!死ぬぅううう!」


 激痛のため薄れゆく意識のなか、コーヒーの無料クーポンをカフェで使えなかったことに、星矢はひどく後悔するのであった。


 タイトル名『カピバラは刺すヤツだった』完。



・・・


 「とまぁ、カピバラのナイフが尻に刺さって出血多量で死ぬ、って言う悪夢を見たわけだが」


 「ほぉ、それはサプライズだったわね」


 恵と良はいつものカフェで目の前に座る深刻な表情の星矢を、白々しく見つめ、見つめられた方はおかまいなく、湯気のたつミルクセーキをすする。


 「それで、今日のオフ会はそんなことを伝えるために、私たちを呼んだの」


 不機嫌になる恵の質問に、星矢は1つうなずいて。


 「ああ、夢とは言えとても怖かった、そして恐怖と言えば君だろ、ホラーの小悪魔としてでまあまあ人気の『ヒツジの脳ミソ』にとっては、お宝級の情報だと思ってね」


 「誰がホラーの小悪魔だ、勝手にニックネームを創作するな」


 「役にたって嬉しいよ」


 「マジかこいつ、雑菌のような戯言ざれごとを伝えるために、限りある命の時間を私から奪ったのね、どうしてくれようか」


 そのやりとりを隣で聞いていた臼井良が、恵のドス黒い怒りにおびえつつ、会話に参戦。


 「僕はなんで呼ばれたんですか、ちなみに得意ジャンルは異世界ファンタジーですが」


 良の不審気な顔を見ながら、星矢はもったいぶって一回首を縦にふる。


 「君はこの会のマスコットキャラ、地蔵のように一言も喋らなくていいけど、居ないとなんとなくクシャミが出そうだから、ティッシュ代わりに呼んどいた」


 言われた瞬間、ティッシュ代わりのマスコットキャラは、ミルフィーユの横に添えられたナイフをにぎり。


 「これでも書籍化作家なんです、貴重な執筆時間を消失させた罪は、その汚水のように濁った血で償っていただきます」


 「せめて今日の飲食代ぐらい出さなきゃ、ホラー創作で築き上げた108つの拷問をすべて試してやるから」


 アンチ星矢なら是非とも試してほしい両者の思いを、完全無欠に聞かないふりをして、星矢はタマゴサンドを食べながらパソコン画面をみる。


 「おや、知らない人からメールが届いてるぞ」


 「えっ」


 悪い予感がする恵と良。


 「ふむふむ、どれどれ・・・・」


 メールを読みすすめて直ぐに無口になる星矢。


 いつもは無礼で減らず口の多い星矢が、なにやら真剣な表情で画面とにらみ合っているので、恵が良を肘でつつきながら、どんなメールか聞くよう促した。


 「脅迫メールっすか」


 わざとマイナスのことを聞いたのが良の不安の現れだったが、その不安は的中する。


 青ざめた表情で、パソコン画面からサイト仲間に視線をうつした星矢が、震えた声で。


 「どどど、どうしよう、1000万で年間のパトロン契約を結びたい、だって」


 「!?」


 話した星矢も聞いた恵や良も、それからしばらく絶句し、注文した飲食物が冷めるまで無言で向き合う。


 こうして本人が気まぐれで書いた『俺の作品は1000万』は、タイトル通り1000万で落札され、カピバラ獣人にもっと恨まれるのであった。


 めでたしめでたし。


 「めでたくねぇ!●す!必ずあのボケナスをぶち●す!!!」


 とか言うコメントが後日、星矢の近況報告に殴り送られた、とさ。



 完。


 空き缶。

 

 サバ缶。



 伊予柑いよかん

 


 


 


 

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俺の作品は1000万! 枯れた梅の木 @murasaki123

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