俺の作品は1000万!

枯れた梅の木

第1話 ヒポポ星人、降臨!

 陽をあびたイチョウの黄葉こうようがはらはらとり落ち、うすい光色ひかりいろの落ち葉で、人の行き交う都会のメインストリートを絨毯のように舗装してゆく。  


 ナマ乾きの落ち葉をふみ歩く通行人のむこう側には、木のぬくもりを感じさせるログハウスのカフェが、心やすらぎたい人たちでほどよく盛況だった。


 「俺の作品は1000万?」


 「いい響きだ」


 「内容とまったくリンクしないタイトルなんだけど」


 「タイトルは餌だ、大物を釣りあげるためのな」


 テラス席が売りのカフェの店内でダベ駄弁っているのは2人の男女。


 男の名前は前田まえだ星矢せいや、小説投稿サイトでのペンネームは『大作家』で、年齢は今年30歳になる29歳。


 毛羽だったカーディガンを羽織り、緑のトレーナーには天下無敵の恥ずかしい文字がプリントされ、ズボンは赤に靴下は青と、色の配分が病的に狂ったコーディネートの上、口の周りには胡麻つぶのような髭をまきちらかす。


 トドメと言ってはなんだが、履きものは紅葉もみじが色づく秋なのにビーチサンダル。


 この男は終わっている、ミルクティーとアップルパイで一息つきながら、連れの女性はまじまじと思う。


 「で、釣れたの大物は」


 ミルクティーの湯気でくもったメガネの女性に聞かれた星矢は、内容量が半分ミルクに成り果てたカフェオレの、ティーカップの取っ手に指先をひっかけ。


 「今に金持ちや自称著名人どもが群がってくる、そんな未来が俺には見えている」


 冗談のように聞こえるビックマウスだが、女性は星矢が本気であることを知っていて、返答をごまかしていたことも理解していた。


 「希望的な妄想は聞いてない、釣れたのか釣れてないのか、ハイかイイエで答えなさい」


 大作家は胸をはって答える。


 「いずれ蜜にむらがるアリのように次から次へと支援者が集まり、がっぽがっぽと俺の懐に支援金が転がりこんでくる」


 またも話をずらした星矢の急所を、フォークの先っぽで直撃してやりたい気持ちを抑え、メガネの女性は1人で結論をだす。


 「ボウフラも釣れてないのね、よぉくわかった」


 「せめてミジンコと言え」


 「なにが違うの、あんまり調子にのってるとマジで刺すから」


 フォークの棘を上にむける女性に、おっとりした外見からは想像できないほどのサディストな性質を感じた星矢は、一どだけ目線を下げちびちびとカフェオレに口をつける。


 メガネをかけた女性の名は国立くにたちめぐみ、年齢は19歳。小説サイトのペンネームは『ヒツジの脳ミソ』。


髪はセミロングに前髪だけS字のウェーブがかかり、ミルク色のパーカーとインナーが薄いピンクのハイネックトレーナー。


 膝まで隠れるロングソックスに、スカートはグレー・ブラック・ホワイトのストライプ模様。


 あいた椅子には黒色のナップザックが置かれている。


 「だいたい公開もしないで支援者って、前田さんは何様のつもり」


 先端が槍のようにトゲトゲしい言葉も星矢の羞恥心しゅうちしんには届かず、話はどんどん膨張してゆく。


 「恥ずかしがり屋の隠れファンがウン億人、数日後には世界的な文学賞『にゃんベル文学賞』から、ノミネート通知がくる予定の大作家様だよ、知らないの?」


 テーブルについた肘が、すべり落ちそうになるぐらいあきれる恵。


 「知らん、せめて1話分の閲覧数が二桁になってからホザけ」


 「無料の作品を書き合い読み合いするだけの、安いつながりしか築けない連中に、俺の攻めたてた物語が理解できるわけもない、だから戦法を変えた」


 星矢の発言に片ほうだけ眉毛をつりあげ、恵はアップルパイのかけらを口にほうり込む。


 「収益化プログラムのプレミアム会員にだけ提供する、特別作品ってやつ?」


 「そうだ会員でもこちらが提示した最低額を、サクッと支払えるリッチな支援者のみ読むことのできる特注作品、それが今回の『俺の作品は1000万』」


 星矢の額をフォークでプスっと刺す、状景だけ想像して恵は気持ちをグッとこらえた。


 「もともと人気が深海より低い位置にあるくせに、公開もせずどうやって支援者を集めるつもりなの」


 頭が弱いのかな?


 恵はそう思いながらも、都合のいい幻想ばかり並べ立てる誇大妄想男に、無駄だとわかりつつ忠告。


 「公開はしてないが、近況報告にタイトルは告知した、戦略は万全」


 「このタイトルだけで釣れる大物がいるとしたら、それはきっと脳細胞が生ゴミで構成された、人間じゃない生物ね」


 「相手が微生物やエイリアン、もしくは過去からタイムスリップしてきた原始人だろうと、巨額の支援金をくれる者だけが、俺にとっての神様だ」


 神様ね、スプーンで3分の1ほど飲み終えたミルクティーをかき混ぜながら、恵は冷めたつぶやきを漏らす。


 「試しに聞くけど、プレミアム会員のどのクラスで契約するつもり」


 こんど冷めた目で答えたのは星矢。


 「知ってるはずだろ、支援金の最低額は月額1万円以上からで、スポンジよりも軽い安い一般契約はなし、スポンサーかパトロン契約以外は受け付けないよう、個人規約を定めたのは」


 何を今さら、と付け加える星矢に対し恵の感情には氷河期が到来。


 「そんな美味しい話ががっぽがっぽ転がりこんでくると」


 「違う、がぼんちょがぼんちょとだ」


 話の流れが常識からケタ外れにズレてきたので、恵は軽く、実際には周囲の客の尻が浮くほど強く、テーブルを叩いた。


 とうぜん目前の星矢の尻も浮く。


 「話は最初に戻るけど、物語の内容はファンタジーなのに、タイトルはお金のにおいをぷんぷんさせたこれ、目立ちたいだけでまったく関連性がないよね、その辺はどう考えているの」


 「タイトルやあらすじにこだわるのは、文学の何たるかを自分の物さしでしか測れない、小者中の小者どもだけ、本物がわかる読者とは内容のみに反応するもんだ」


 「内容には自信があると?万年ランク外の絶望作家は」


 「いいかよく聞け、小説サイトのユーザーなど人類全体からすれば、スナック菓子の袋底に残る、ピーナツのようなもん、エンタメの世界でもカスのような存在」


 「言ったね、そんなんだからサイト内でハブられるのよ」


 小説サイトで絶賛村八分中の星矢は恵の発言を無視。


 「もっとはっきり言えば、活字自体が没落濃厚の斜陽文化、だからこそ互いに傷をナメあい、ときには実力のある作家を攻撃して欲求不満を晴らす、有象無象のゴミ溜めのような場所、それが小説投稿サイト」


 「そこで活動するお宅も、もちろんゴミだよね」


 恵の発言に自分だけはゴミじゃないと錯覚する星矢。


 「ゴミどもに恩着せがましく応援してもらえなければ、ランキングに浮上できないなら、いっそ特定の富裕層だけに支持してもらった方が、こちらも潤い、読み手もハイクオリティの作品を独占できるわけ、どうだわかったか」


 夢見る狂人の妄想はまったくわからん、そう答えようとした恵の前にウス型パソコンを置き、電源をつける夢見る狂人。


 「わかってもらったついでに『俺の作品は1000万』の続きを読ませてやろう」


 「わかってないし、私はついでじゃない、それに続きを読みたいと一言でも言った?」


 星矢の耳の穴にはウジ虫がわいている、内心でそう断言する恵の返答をついでにスルー。


 「ホラー作品の執筆でダークサイドに闇落ちしがちな君の心を、俺の作品で晴天に変えてやろう、ささ、見たまえ」


 小説サイトではマイナージャンルのホラー作品で、一定の評価を受けている恵は、パソコンの画面に映る未公開作品の『俺の作品は1000万』を、いやいや流し見た。


 恵が渋い顔で読み流すなか、機嫌のいい星矢はうるさいほど絡み続ける。


 「プレミアム会員以外で読めるなんて、君は幸せ者だな」


 とか。


 「映画で言えば特別試写会だ、普段から交流のある君だから、公開前のダイヤの原石をさらしてあげてるんだよ、ありがたく熟読しなさい」


 とか


 「ここのミルフィーユは美味いけど、一個600円は高いと思わない?」


 とか、小説とは関係ない雑談までカマしてくるので、恵の感情に荒波が立ちはじめたころ、星矢の近況報告にコメントが寄せられ。


 「前田さんの妄言に正当な批評が届いたわよ」


 「なぬ?さっそくパトロン契約を申し出る大富豪からのコメントか」


 「そうそう、大切なパトロン契約第一号様にお礼の返信を返せば?」


 恵の言葉を間にうけ、猿のようにウッキッキーと画面ににじり寄る星矢。


 「どれどれ、ふむふむ、なになに?」


 コメントの内容は。


 『このタイトルはなんだ?お前小説をナメてんのか?誰がポンコツ小説に1000万も出すんだ?頭のなか腐ってんのかボケナス?』


 読んだ瞬間に顔色が暗黒色に変わるボケナスは、返信を返すため無言でキーボードを叩いた。


 「これはこれは大絶賛感謝します、つきましては語尾にクエスチョンマークをつけるのは、あなたの性癖ですか」


 すぐに相手からの返信が。


 「絶賛なんかしてない!お前言葉の意味がわからないのか!ナメんなよボケ!!」


 ここから救い難いバトルが始まる。


 「!!!!、合計4つ、素晴らしいセンスだ、感心します」


 「おい、あんまりバカにしてると、俺の力でサイトから締め出してやるからな、覚悟しろ」


 「どうやら私は、怒らせてはいけないカピバラを怒らせてしまったようだ、どうか許してください」


 「カピバラだと、●す、必ず●す」


 「●すってなに酢っすか?黒酢っすか」


 「ぎゃぼbぽぼぼぼぼぼぼぉぉぉおぉ」


 「あっ、キレた」


 恵が感想を述べたあと、相手からのコメントは途絶えた。


 星矢は鼻息あらく途絶えたコメントに、さらにコメントを重ねてゆく。


 「お前の母ちゃん出ベソ!」


 「今すぐかかってこい!小指の一突きでエクスタシーの境地に貴様を連れて行ってやる!」


 「俺の小説は地球が滅びてもヒポポ星人どもに語りつがれる大作だ!」


 ヒポポ星人って何?


 星矢の幼稚な駄文に疑問をもって、疑問をもったことに反省する恵。


 この男の言葉に深い意味などありようわけがない。


 こうして数少ないサイト仲間のオフ会は幕を閉じるのであった。

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