幕引き

 重力の塊が消え光が収縮する。そこに立っていたのは零次ただ一人。破損した仮面が落ち、怪人としての姿を現した。

 足下には仰向けに倒れる優人。変身は解かれ、胸部は真っ赤な血に濡れている。


「コフッ……」


 血を吐きうっすらと目を開ける。零次も真っ直ぐ優人の目を見る。

 超重力に潰され、全身の骨と内臓が滅茶苦茶になっている。彼はもう長くはないだろう。


「何て……顔だよ」


 零次の顔を見て毒づく。人間と全く違う異形の姿なのは自分でもよく解っている。


「そうだな」


 自分でも酷い顔だと思う。普通に人として生きてきたせいか、この鳥顔に少しばかり違和感がある。これが自分自身と受け入れきれていない。


「優人。確かにお前は平和を望んで戦おうとした。その気持ちは間違いじゃない。けど、やり方を間違えたんだ」


「…………随分と余裕じゃないか。化け物なだけあって……頑丈……だな」


「ああ。身体だけはな」


 ボロボロとはいえアンフォーギヴン、そう簡単に倒れはしない。化け物と呼ばれても否定は出来ない。

 逆に優人はもう限界だ。なのに少しだけ笑っていた。


「なあ、小学校の頃を覚えているか? 親のいない零次をイジメてたやつらを」


「勿論、覚えてるよ」


 思い出すように目を閉じる。幼い頃の苦い思い出だ。


「俺、あいつらが許せなかった。零次を助けて、俺はヒーローみたいだって思った」


「うん。確かに優人はヒーローだったよ。だけどその気持ちを利用されたんだ、間違った道を進んだんだ」


「違う」


 一瞬、優人の声が強くなる。


「俺は……間違っちゃいない。平和の為に……お前らが……犠牲に…………」


 声が段々と小さくなっていく。咳き込むように血を再び吐き、瞼をゆっくり閉じた。

 そこにいたのはヒーローを目指した少年。道を踏み外し、偽りの平和と紛い物の正義を掲げようとしていた優人は静かに息を引き取る。


「優人っ!? 優人! 貴様!!!」


 椿は怒り狂い拘束を解こうと暴れる。ただただ殺意を零次に向け、今にも彼に噛み付きそうな勢いだ。さかし身体に纏わり付く牙と水はびくともしない。

 そんな彼女の様子にノアはため息をつきなが近づき手を伸ばす。


「はいはい。暴れないの」


 手元に光の円を出し突っ込む。すると中から一本の鍵を取り出した。メサイアユニットの鍵だ。


「貴様……!」


 椿の変身が解ける。こうなればもう対抗する手段は無い。生身の人間がアンフォーギヴン、それもユニットで武装した者に抗うのは不可能だ。


「これであんたは手も足も出ない。さっ、そいつも連行して。熱海勘助の直属の部下だったなら聞きたい事もあるからね。ああ、後……」


 ノアが飛び何かを踏む。意識を取り戻した勘助が這いずりながら逃げようとし、その背中を押さえる。


「逃がさない。あんたにはスポンサーやら洗いざらい吐いてもらわないと」


 指を鳴らすとアンフォーギヴン達が椿と勘助を捕まえ引き摺っていく。逃げようと踠くが彼らの力では敵わない。

 二人の姿を見送ると、今度は瑠莉の方へと向く。


「さてと。五反田さん、貴女も来てもらいます。事情はさっき話しましたけど、詳しい事は向こうで。なので……」


 手を差し出す。その意味を理解し瑠莉は変身を解いた。そして鍵を手渡す。


「解ってる」


「ありがとうございます。まぁ、あの二人と違って貴女は深く責められる事はありません。利用された側のようですし」


「そうね。悪夢だわ」


 瑠莉はちらりと零次の方を見る。彼は倒れた優人に黙祷していた。

 彼の方に歩み寄ると、零次は瑠莉に気付き目を開く。


「本当に……零次なんだよね?」


「そうだよ。見ての通り、カラスの怪人だけどね」


「うん、だけど……」


 彼女も視線を落とす。そこには倒れ血に汚れた優人の姿があった。


「こんな結末しかなかったのかな?」


「無理だよ。司令だけじゃない、優人もアンフォーギヴンを道具のように思っている。これしか……なかった」


「…………ねぇ零次。これから……」


 何かを言おうとした瑠莉の唇に指を当てる。人間ではない、鳥の足のような爪の生えた指を。


「瑠莉、俺はアンフォーギヴンとして生きていく。俺がこの地球にいる資格は無い。……さようならだ」


 それは別れの言葉。


「ちょ、どういう事?」


「言った通りさ。ラン、ブルーを連れてけ」


「……了解」


 ランに連れてかれる瑠莉。彼女の知っている幼なじみの姿はもう無い。そこにいたのは黒い鳥人間。共に生きる道は彼の中にはなかった。

 今の人類にアンフォーギヴンと共存するのは不可能だ。また姿を欺きひっそりと混ざっていく。

 だがいつかきっと。その道を開く為に彼は新しい地で、家族と共に走り続けるだろう。

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