理解者
「…………瑠莉君、残念だ。真美君、早苗君」
勘助の声に早苗が銃口を瑠莉に向ける。その動きに何の躊躇いも無かった。
「頭のおかしい人はどう足掻いても狂ったままなのですね」
「早苗が司令を信じるのは勝手だけど、私には無理だ。それを狂ってると言われるのは心外だけど」
「狂ってるでしょう。人間として非常識なのは貴女です。そして優人様の敵となるのなら、死になさい!」
発砲と同時に跳躍。早苗の上を飛び越え零次の隣に降り立つ。
「本当に撃ってきた……」
「当たり前だ。二人は洗脳されている」
「は?」
「優人への態度や、関与する言動が変だっただろ」
「そうだけど……」
流石に洗脳には懐疑的だ。瑠莉からすれば二人の反応は行き過ぎた恋愛感情によるものだと思っていた。流石に命を狙われるのは想定外だったようだが。
「この戦いは優人をヒーローとして祭り上げる為のものだ。二人はヒロインとして……な」
「…………真偽はわかんないけど、考えるのは後!」
迫り来る鎚、真美が真横に振るった真美の殺意が瑠莉の横腹を狙う。咄嗟に瑠莉は水の盾を作り受け止める。柔らかい水の塊が衝撃を吸収、攻撃を完全に防いだ。
瑠莉と真美の視線が交差した。一方的な敵意と殺意が瑠莉に降りかかる。
「そうか、お前も人間じゃねぇんだな。なら納得だ。矢田みたいなゴミについたのも、幼なじみなのに優人の事を好きにならないなんて……」
「そこまで言われる筋合いは無いっての!」
瑠莉が押し返し、その隙を狙い零次が矢を放つ。二本の黒い矢が真美の両足を射貫こうと飛ぶが、それを早苗が撃ち落とす。
危なかった。そう思った瞬間、彼女の顔面を零次が鷲掴みにした。鋭い爪の伸びた右手がヘルメットを軋ませる程の握力で押さえ付ける。
「フンっ!」
片手で投げ飛ばした。ニメートル近い体格、アンフォーギヴンとしての身体能力をフルに振るい、真美は玩具のように壁に叩き付けられる。
「真美さ……」
早苗が真美に気を取られた一瞬、重力を操作し高速移動で零次が飛ぶ。一秒もかからない内に接近、勢いを乗せた跳び蹴りが彼女の身体を真横に吹っ飛ばした。
静寂。何が起きたのか理解が追い付いていない。勘助は開いた口が塞がらず、瑠莉もヘルメットの奥で唖然としていた。
「そのまま気絶していろ」
壁に叩き付けらた震動、足に残る骨を砕いた感触。ほんの数秒、瑠莉に気を取られていた隙に蹴散らした。
一番弱かったはずなのにと誰もが思っただろう。
「ぐっ……あ……雑魚のくせに!」
「冗談じゃありませんわ。わたくし達が……」
二人は立ち上がり敵意を向け続ける。殺してやる、その一言が全身から滲み出ていた。
零次だからと油断した。前回は圧されていたのを思い出す。
矢田零次は人間じゃない。アームズブラックとしての実力を基準にするのは間違いだった。
「ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる! お前は優人の邪魔だ!」
「それだけではありません。優人様の敵は全人類の敵! 瑠莉さんもろとも氷漬けにして、粉々にしてやります。二人には死すらぬるい!」
脳にあるのは殺意のみ。怒りとも憎しみとも違う、本能的な外敵の排除の意思。彼女達にとって精神の根幹たる優人の敵になり得る存在はあってはならない。ただそれだけだ。
二人はメサイアユニットに刺さった鍵に手を伸ばす。確実に抹殺する為に。
「止めろ!」
優人の声に手が止まる。ゆっくりと、驚愕と疑問の混ざった目が優人の方へと向けられた。
逆に零次と瑠莉の心には期待の二文字が浮かぶ。信じてくれたのか、そう考えるだけで心が踊る。
「……真美、早苗。お前達は何て事をしようとっ!」
「優人様? 何を言ってるんですか? 矢田零次は人間ではありません。わたくし達の敵ですよ」
「そうだ……。瑠莉だって優人を裏切ったんだ。こんなゴミは消さないといけないだろ」
ピクリと優人が反応する。
「消す? 殺すだって? 俺の……俺の仲間を、幼なじみを…………椿」
優人の声で漸く椿が動き出す。彼女は近くにいた真美の方へと歩き、正面に立ち対面する。
「椿……てめぇも邪魔すんのか? 優人の敵はあいつらだろ! そんくらい解……」
真美の言葉はそこで止まった。代わりに口から血を吹き出す。
「え……」
深々と真美の腹部に刺さる鉤爪。椿は彼女を刺した、右手にある鉤爪を。刺し口からも血が滲み出し、爪を伝い足元にも垂れる。
この状況に零次も思考が停止した。
「な……んで?」
「邪魔は貴様だ」
爪を引き抜き血が吹き出る。ふらふらと倒れそうな真美を掴み、早苗の方へと蹴り飛ばす。
「真美さん!? ど、どうして?」
急ぎ駆け寄るも彼女の傷は深い。血は止まらず傷口を押さえようも早苗の手が赤く変色していくだけだ。
「全く、真美も早苗も何て事をしようとしてんだ。残念だけど、ここで消えてもらう」
「優人様、何故? 貴方はわたくし達を愛してくださったはず。真美と一緒に、優人様の為に命を懸けて……」
常識そのものが変換された二人にとって優人は絶対、神にも等しい存在だ。だから従い外敵を排除した。彼に抱かれ寵愛を受けた、だがその応えがこれだ。
必死に訴えるも優人はため息をつくだけ。
「何か勘違いしてない? 俺は別にお前らの事なんか愛してもいないんだよ。抱いたのも、その方が二人のやる気出るからに決まってるだろ」
「……へ?」
「道具の整備と同じだ。ヒーローとして活動するのに、二人がしっかり働くようモチベーションコントロールをしてやったんだ。リーダーとして当然じゃないか。けど、それも無意味だった」
「ゆ、優人?」
勘助も頭が動かない。零次も瑠莉も。本当にここにいるのは熱海優人なのかと疑問を抱く程に。
「俺は、俺の仲間を傷つける奴を許さない。瑠莉は、零次は……俺の手で守る!」
「っ! 優人、止め……」
ヒロイックな言葉でありながらも、彼の放つ気配は殺意だけだった。まずい。そう感じるよりも先に優人と椿は鍵を押した。
レッド バーストフィニッシュ
イエロー バーストフィニッシュ
炸裂。
炎の刃と砂の刃が二人に直撃する。飛び散る血飛沫は瞬時に焼き尽くされ、バラバラになった肉塊一つ一つから人間の焼ける嫌な匂いが拡がった。
そこには人間の形をした物体は存在しない。黒焦げのナニかと破損したメサイアユニットが残されただけだ。
「………………優人?」
零次の呼び掛けに優人は振り向く。
「大丈夫か零次、瑠莉? 怪我とかしてないか?」
そういつものような口調で聞いてくる。ヒーロー活動の中、仲間のピンチを救ったように。普段と変わらぬ優しい口調で。
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