受け入れられぬ命

 零次の知るロボット兵とは違った。全身に装甲をまとい見るからに頑丈そうだ。それに武器も銃火器を装備し、毘異崇党の戦闘員とは大違いだ。


「まずいな。まだ避難は終わっていないぞ。たしかここの出入口って」


「はい、工場への道はそこだけです。飼育場は奥ですから、ここで防がないと……」


 脱走を防ぐ構造が、今や零次を追い詰めている。一瞬頭を悩ませるも、直ぐに気を取り直す。

 確かにアームズブラックの頃は苦戦していた相手、その強化型に尻込みしている。しかし今の零次は違う。最適な装備、アンフォーギヴンとしての力、それらを振るえば負けはしない。


「ラン、ノアに連絡して救助を急がせろ。あと何人か寄越せ、ここで迎撃する」


 弓を携え右手から光の矢を作り出す。一歩、また一歩とにじりよるロボット達に向けて矢をつがえ狙いを定める。

 だが零次の前に遮るようにランが立つ。


「零次、ここを封鎖すれば問題無いのよね?」


「あ、ああ。道もここだけ……だろ?」


 山崎は頷く。


「なら私がやる。いちいち争って負傷者を出すより、こっちの方が手っ取り早いもの!」


『Boost』


 ユニットの鍵を押し込み剣を真上に掲げる。有機物のような剣が脈打ち、刃の塊を床に突き刺した。


「いっけぇ!」


『Deathblow』


 すると視線の先、ロボット達の足元から無数の牙が床を突き破り生える。牙はぐんぐんと伸び、ロボット達を串刺しにしながら廊下を封鎖した。

 残骸が少しばかりこちらがわに残るも、ロボット達がこちらに来る事は無かった。銃声が聞こえるが、廊下を埋め尽くす牙の塊はびくともしない。


「…………すっげ」


「あんたがやったら道をぶっ壊しちゃうでしょ? こらなら通る時に引っ込めれば良いだけだもの。それに自動修復するからあいつらの火力じゃ抜けないわ」


「と、とにかくこれで時間は稼げるな。今の内に……」


 早いとこ次にと後ろを向く。一安心したその時女性の声が響いた。それも罵声に近いとても荒々しい声だ。


「今度は何なんだよ。ラン、ここは任せる」


「わかった」


 今度は何のトラブルかと頭を抱え急ぐ。何人かとすれ違うと、そこに部屋の中に立てこもりながら物を投げる女性の姿があった。お腹はかなり大きく臨月くらいだろう。

 彼女の前には爬虫類のような鱗のある若い男性が必死になだめていた。


「だから落ち着けって綾。俺は助けに来たんだよ。一緒にここから脱出しよう」


「何よ今さら! そもそもあんたが化け物だったせいであたしがこんな目に合ってるんだ。あんたのせいで!」


 何となくだが話しは見える。彼女はおそらくこの地球の人なのだろう。そして彼と親しいから人質とされ…………工場として利用された。それを憎んでいるのだろう。

 零次は二人の間に割り込む。


「失礼。貴女の気持ちも理解出来るが、今は我々の誘導に従い避難してほしい。ここにいても危険だ」


「うるさい、化け物の分際で! そんなに着いてきて欲しいならコレをどうにかしろ!」


 彼女は自分の腹を撲る。まだ産まれてもいない命を。


「ちょっと、あんた子供が……」


「あたしは化け物の母親になんかなりたくない、あんたらの苗床になんてなるもんか! いいか、あたしをここから動かしたかったら、今すぐ、あたしに寄生している、この化け物を…………殺せ!」


 彼女の気持ちを理解出来ると思っていた。しかしそれは間違いだ。男性である零次には彼女の苦しみは理解するのは不可能だろう。どれだけ苦しんだのか、どれだけ恐ろしかったのか。女性にしか解らない恐怖があったり

 アンフォーギヴンの事情を知らない彼女には、こっちの事なぞ関係無い。ただ自分の胎内で育つ命がおぞましい、零次達が恐ろしい。人間を利用し増える化け物にしか見えなかったのだ。


「…………」


 戸惑い言葉を失う。どうすれば良いのか解らないまま、弓を握る手に力が入る。


「はいはい。次はこっちね」


 悩んでいるとノアが現れる。彼女の後ろには変身したチョウ型の女性アンフォーギヴンが続く。


「お兄ちゃん、彼女みたいな人は少し強引に来てもらうしかないの。私達を完全に敵視してるんだから。スピカ」


「ハッ」


 スピカは女性ににじりより彼女を取り押さえる。


「離せ! 来る……な…………」


 スピカが息を吹き掛ける。何か粉のような物を顔に吹き付けると、女性は意識を急速に失っていく。どうやら眠り粉を吸わせたのだろう。

 女性が眠ったのを確認しノアは男性の方を向く。


「貴方、知り合い?」


「は、はい。恋人……です。でも、もう彼女とは」


「そうね。アンフォーギヴンを完全に敵視してるもの。ただ、側にいてあげて。一緒に向こうに行って」


「はい……」


 男性は女性を抱き抱え歩き出す。彼の背中は酷く落ち込み哀愁が漂っていた。

 いたたまれない気持ちになりながらも、ふつふつと怒りが込み上げる。もしこんな事にならなければ、あの二人は結ばれていたかもしれない。化け物と罵る事なく共に歩めたかもしれない。

 それはノアも同じだ。


「……行こうお兄ちゃん。さっきから子供がいなくて、飼育場へ急かしている人が沢山いるの。ランも姪を探してるし」


「そうだな」


 零次の足音が少し強くなる。爪が床を叩き穿つ程に。

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