百鬼夜行

 耳が痛くなる程の警報音。管制室は慌ただしくなっていた。収容施設からの異常、脱走の警報に皆がパニックを起こしている。

 しかし勘助は冷静だ。肝が座っており、上に立つ者としての心構えがある。


「侵入者は? 警備員もいたはずだ」


「カメラに細工がされてます。ここ三時間の映像を繰り返しており状況は不明。警備員も連絡がとれません」


「ロボットは? 何故出撃させん」


「何者かに電源を落とされてまして……。現在再起動中です」


「…………この状況、内部犯だな」


 こちらの警備が尽く潰されている。ここまで手際が良いのは内部から仕組んだとしか思えない。


「所長! 一部カメラが復旧しました。れ、レイヴン三世がアンフォーギヴンの大群を引き連れています! それに……山崎副所長が同行を?」


「っ! あの不細工が、恩を仇で返すだと? この……ゴミがぁ!」


 机を撲り立ち上がる。怒りに拳を震わせながらも、一週回って冷静さを取り戻す程だ。


「……奴らはこのまま工場と飼育場を狙うはずだ。今から回収しても間に合わんし邪魔になる。浅間達の班は凍結保存した受精卵を確保し脱出、それさえあれば再建可能だ。ロボットの再起動は担当者が急げ。そして放送で各ブロックの職員を脱出させろ。各員動け!」


「人質を盾にしては?」


「……だめだ。姿を消したり死角から攻撃する手段を持っている。それにこんな堂々と攻めてきているのだ。理性を失った獣に人質なぞ通用しまい」


「了解」


「警備員達には時間を稼がせろ。銃の訓練を受けている者もだ。田中はアームズブレイヴァーに連絡。こちらに呼べ」


 近くにいた職員が驚く。


「しかし……彼らにバレては危険では?」


「フン、フェイクは既に設定している。優人は私を信じるからな。そうすれば残りも優人に従うに決まってる」


 妙に自信満々だった。だからこそ職員達は勘助を信じ動き出す。

 統率のとれた動きに次第に皆が冷静さを取り戻していく。


「カラスジジイの孫め。ここを見つけたのは褒めてやるが袋の鼠だ。逆に引っ捕らえてアンフォーギヴン全てを支配してやろう」


 対策は可能だと笑っていた。自ら育て上げた最高のヒーローが来て成敗すると信じていたから。

 その道中で何が起こっても構わない。時間を稼ぐ者達の行く末も。







 男は銃を撃ちながら考えていた。どうしてこんな事になったのか、何故自分はこんなにも恐れているのか。

 少し人間と違う見た目の女で遊びながら、たまに脱走しようとする馬鹿を撃つだけの仕事。そんな極楽だと思っていた。

 しかし今は違う。


「くっそ! 撃て! 撃て! あいつらを近づけるな!」


「うわあぁぁぁ!」


 鼻にまとわりつく血の臭い。発砲音と怒声が響く世界。

 男はひたすら無我夢中で銃を撃つ。彼に迫るのは巨大な鉄塊、身体を引っ込めたカメ型のアンフォーギヴンだ。身体を回転させながらフリスビーのように飛んで来る。

 銃弾は当たる、だが効いていない。まるで突っ込んでくるダンプカーに輪ゴム鉄砲で挑んでいるようだ。

 周りの警備員達は一目散に逃げ出す。男も遅れて逃げようとした。だが……


「ヒッ……」


 男が目にしたのは視界を埋めるカメの甲羅。それを脳が認識した瞬間には、男の身体は壁と甲羅に挟まれ赤い染みへと変貌していた。

 手足と頭を甲羅から出し、アンフォーギヴンが立つ。血に汚れ、銃撃の雨に晒されながらも無傷。彼の咆哮が通路に響く。

 怒り。

 憎しみ。

 彼の心を塗り潰す憎悪が声となって伝染する。

 咆哮に感化されアンフォーギヴン達が続くように警備員達に襲い掛かった。

 まさに百鬼夜行。異形の大群が列を成し人々を襲う。逃げる者、抵抗する者、どれも無意味な事だ。

 サソリの毒針に苦しみ、ゴリラの豪腕に握り潰され、ワニの顎に噛み砕かれる。人間の力はあまりにも無力だった。一人、また一人と物言わぬ肉塊へと変わっていく。

 血と肉の道が続くそこは地獄。咎人を蹂躙し罰を与える鬼達の行進だ。

 その血肉を踏みながら零次は進む。隣のノアは鼻歌混じりに、山崎はびくびくしながら続いている。


「馬鹿な連中ね。こんな玩具で私達を止められるって思ってんのかしら」


「元々は脱走者を相手にするの想定していますから。ユニット持ちには勝てません」


 目の前に広がる死の世界。零次は不思議と平常心を保っていた。自業自得、当然の報いだと思い、暴れる彼らの怒りに感化されているのかもしれない。


「とにかく前進あるのみだ……っと、どうした?」


 アンフォーギヴンが一人近づいてくる。長い耳と白い毛、ドリルのような槍を持つウサギ型の男性だ。


「あの、申し訳ないのですがノア様。そこの踏んでるのから足を離していただけませんか?」


「足? こうかしら」


 軽く身体を浮かし、踏んでいた職員の死体から足を離す。


「ありがとうございます。では……」


 槍が回転する。凶悪な機械音を鳴らしながらノアの足元を貫いた。


「あが!?」


 すると声が聞こえた。回転する刃に苦痛の悲鳴を上げ、肉と内臓がかき混ぜられていく。


「ぶぁぁぁぁぁぁか! 心臓の音が聞こえてんだよ! 死体に隠れてれば助かると思ってんのか!」


 狂気じみた笑い声を上げていたが、隠れていた男の声が止まると急に冷めたように笑うのを止める。


「失礼しましたノア様、三世様。一匹たりとも逃がしたくないもので。では」


 彼は次の獲物を探すように、むしろ取り合うように走り出す。狂乱の先へと。


「そういえば意外だったなぁ。お兄ちゃん止めないんだね」


「……一応な」


 全く何も感じていない訳じゃない。人が死んでいく様を見て楽しめる感性も持ち合わせていないし、皆程憎悪を抱いてもいない。


「殺さずに進むなんて不可能だ。それに下手に止めれば反感を買う。そうなったらノアやじいちゃんも困るだろ」


「まあね。あっ、でも熱海勘助は捕らえるから。主犯として聞きたい事は山程あるもの」


「そうだな」


 憎しみに囚われた獣達は進んで行く。彼らを止める術はどこにも無いのだ。

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