作戦開始

  荒い息づかいが聞こえる廊下、山崎が一人で足早に歩いていた。明らかに挙動不審に見えるも、普段の彼を知る者からすればいつもの様子だ。

 周りを気にしながら歩いていると、背後から声をかけられる。


「あれ、副所長じゃないですか」


「今日休みじゃありませんでしたっけ?」


 振り向くと二人の男がいた。山崎は冷静を装い苦笑いを浮かべる。


「ああ、少し用事があってね。もうすぐ帰るよ」


「へぇ、もしかして工場っすか?」


 山崎の眉がピクリと反応する。


「………………そうだよ。でも惹かれるアンフォーギヴンがいなくてね」


 勿論嘘だ。そもそも工場には近づきたくないと思っている。


「なるほど。あっ、そう言えば副所長。今日カプセルから出される娘、あの胸でっかいの。俺狙ってたのにスポンサーにとられて泣きたいんですよ。何とかなりせんかね?」


「馬鹿、スポンサー優先に決まってるだろ。下手に不満を買えば仕事に支障が出る」


「けどさ、肉体年齢十六、頭は……カプセルに入れっぱなしだから七か? そんな娘の初客だぜ。泣き叫んでママ~って助けを求めるんだ。普通なら犯罪だけど、人間じゃないから合法だぜ。給料から天引きされても良いから遊びたいな」


 吐き気が一気に込み上げてくる。この男が本当に人間なのか疑問に感じる位だ。


「私にはどうにもならない。そんな事より仕事に戻りなさい」


「ちぇ」


「諦めろ。とりあえず他のハーフを探せ。見た目だけは人間に近いからな」


 男達が歩いて行く姿を確認。完全に視界から消えたのを見ると壁を撲る。


「落ち着け、もう下準備は終わってる。後は三世達を……」


 急ぎ走りながらある場所へと向かう。人影は全く見えない。

 辿り着いた場所は駐車場。既に職員が出勤しきっているせいか、そこにいるのは山崎一人きり。しきりに周りを注視し、足音や車が来る音も聞こえないのを確認する。


「よし。今の内だ」


 ジャケットの内から出したのは手の平サイズのヒトデのような機械。中心には青いボタンがあり、恐る恐る指を伸ばす。


「覚悟を決めろ私。これは裏切りじゃない、償いだ。見てきただろ、多くの人々の涙を、悲鳴を、苦しみを!」


 ボタンを押した。


「山崎です。準備が終わりました」


 小声で言い機械を投げ捨てる。すると五つの先端から光が伸び、それが絡み合うとマーブル色の光の円を作り出す。

 そこから出て来たのは黒銀の日本甲冑に似た鎧を着たカラスの怪人、零次だ。彼の後からノアとラン、そして十人程のアンフォーギヴン達が現れる。全員が変身した怪人の姿をしていた。

 零次は


「ご苦労、抜かりは無いだろうな」


「はい。この近辺の監視カメラは細工隅、警備ロボットの電源も切っています」


「警備ロボット?」


「アームズブラックだった三世なら知っているでしょう。毘異崇党のロボット兵です。あれの強化型が配備されているんです」


 思い出すのは赤黒い骸骨のようなロボット兵。アームズブレイヴァーの面々からすれば雑魚敵だが、一兵器としては充分な強さだ。それをより強くしているとなれば警戒もしよう。


「ああ……あれの強化型か」


「ですが電源を落としている以上、再起動には時間がかかります。破壊は私には出来ませんが、時間稼ぎくらいにはなります。それと警備そのものを停止にするとバレます。ですので……」


「解ってる。一人でも助けた瞬間、知られるだろうな」


 チラリとノアの方を見ると彼女も頷く。


「大丈夫よ。とにかく第一目標、戦力の確保に向かいましょ」


「よし。案内しろ山崎」


「こちらです」


 山崎に案内され零次達は急いだ。彼らの第一目標、この地を飲み込む獣達が眠る場所へと。






 施設の一室。簡素なベッドとトイレ、洗面台が置かれているだけの独房。そこに一人の若い男性がいた。

 犬科の生物を彷彿させる耳と尻尾を持つ大学生くらいの青年だ。

 膝を抱え俯く彼の頭にあるのは大学の友人。人質となった彼らは無事なのか、それだけが気掛りだった。

 自分が死ぬのはいつか怯えながら過ごしていた今日、いつもと違い外が騒がしい事に気づく。

 分厚い鉄板の扉の先、誰かの声が聞こえる。


「……悲鳴?」


 ほんの僅かに聞こえた悲鳴。それを認識すると扉の隙間から赤い液体が部屋に染み込んでくる。

 それが血だと気づいた瞬間、扉から一本の刃が生える。

 扉をバターのように切り裂き何者かが蹴り開けた。

 黒銀の鎧を着た怪人、零次が部屋を覗き込む。


「助けに来たぞ」


「……!!!」


 それは希望だった。仲間が、アンフォーギヴンが助けに来た。

 外に出れば解放される仲間と扉を破壊して回るアンフォーギヴン達の姿があった。


「おい、あれノア様だぜ。俺達を助けに来てくらたんだ」


「一緒にいる奴は誰だ? レイヴン様に似てるけど」


 周囲もどよめく。すると救助を終えたのだろう、零次が警備員達の血の海を踏み叫んだ。


「諸君。私はレイヴン三世、レイヴン様の孫である。私は皆を助けに来た、この忌々しいショーを終わらせる為にな。ゲルローブル!」


「はい!」


 カエル型のアンフォーギヴン、ゲルローブルが何かを吐き出す。卵の装飾を施された白い機械のバックル、ワイルドユニットだ。


「全員分は無いがワイルドユニットだ、受け取れ」


 男達の目の色が変わる。力が、武器が、己をこんな独房に追いやり大切な人を苦しめた者を討つ術が渡される。

 中には理解していない者、ふつの人間と変わらない姿からしてハーフだろう。彼らもその異様な空気を感じていた。


「はいはい、数に限りがあるから訓練や従軍経験のある人が優先よ。あと何人かはハーフの人をお願い。非戦闘員は転送するよ。誰か誘導を手伝って」


 ノアが指示を出しながら門を開く。そこに避難する者、ユニットを受け取り腰に巻く者。中には仲間やノアに家族の救出を頼む者もいた。

 そしてユニットが行き渡り、零次の声を待つ。

 彼らの視線に応えるように深く深呼吸をし、力強く叫んだ。


「時は来た! 友を、愛する者を、家族を自らの手で救い出すのだ! 総員、変身せよ!」


 皆が鍵をユニットに刺し、零次の言葉に返答する。


 変身コンセプションと。


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