裏切り者
星空の下、零次は一人空を飛び回る。夜空は星で光り輝き、地には緑の大地が広がっている。この姿でしか出来ない空中散歩に興じていた。
同じ地球とは思えない。空気も大地も海も、全てが命に満ち溢れて清みきっているのだ。
しかしここは地球だと教えてくれる物がある。空を見上げれば白銀の月がこちらを見ていた。
物語によくあるような、色が違ったり二つあったり欠けてもいない。零次の知っている月と全く同じモノがそこにはあった。
飛ぶのは好きだ。この姿になってから飛行能力を得て、空を自由に飛べるのが楽しみになっている。鳥類のアンフォーギヴンで良かったと心から思っていた。
そんな気分転換に外に出ても、仮面に隠れた零次の顔は曇ったままだ。
全長は百メートル近くはある巨大な木、そこから生える自分の身体よりも太い枝に立ち星空を眺める。
「…………そうか。俺は利用されてたんだな。優人と比較する為に」
勘助の言葉を思い出す。
彼にとって優人が全てだった。例え幼なじみの零次さえ、優人の踏み台として使う為に手を差し伸べていたのだ。
裏切られたと思った。両親を失った零次に優しくしたのも優人の側にいさせる為。優人が優しくする事で彼の評価を上げる為。そんな打算的な付き合いだったのだ。
唯一、優人本人はそんな思惑が無い事が救いだ。瑠莉もきっと同じだろう。
心の中で何かが崩れたようだ。今までの全てを否定されたようで胸が痛い。
「お兄ちゃん」
ふと顔を上げるとノアがいた。翼を羽ばたかせ零次の目の前で浮遊している。
「隣いい?」
「ああ」
ノアは零次の隣に座る。
「今お祖父様達が尋問している。救助隊の編成が終わり次第、襲撃する予定よ」
「準備はしておく」
少しばかり気の抜けた返事だ。
「……ショックだよね」
「そりゃな。俺からしてみれば、親戚のおじさん……みたいに思っていたから」
自嘲するような笑いが出る。ずっと騙されていた自分の間抜けさに呆れるくらいだ。
ノアも零次の気持ちを察してはいる。
「お兄ちゃんは戦える?」
「当たり前だ。ただ……一つ不安がある」
「不安?」
「皆を助け出して終わり、って事になるのかなって」
「…………」
ノアの目付きが鋭くなる。
「あっちの地球と全面戦争を望む声が出ている」
「だろうな。あの山崎って奴に向けられた目。憎しみの塊みたいだった」
「うん。でも、今の所はお祖父様を中心に反対派の方が強いよ。個々の力が勝っても、数ではアンフォーギヴンの方が圧倒的に少ない。それにあっちの地球と決別すれば、私達は緩やかに滅んでいくだけだもの」
怒りと憎しみの矛先を全人類に向けるのは想像していた。中には零次にすらその視線を向けている者もいる。
しかし争った先にあるのは共倒れだ。戦力を考えれば戦争に負ける可能性は低いが、アンフォーギヴンの繁殖力ではじきに滅びる。
そもそも平行世界の地球を頼らねばならないレベルの、絶望的な少子高齢化社会だ。戦争はかえって絶滅を加速させかねない。
「だけどもさ、過激派ってどこの世界にもいるもんなな。戦争だなんって物騒な」
「そうだね。私が生まれる前、平行世界を見つけたばかりの頃なんか人身売買や誘拐を考えてた人もいたみたい」
「…………それ本当にやりかねないな。形振り構ってられないのは知ってるけど」
思わずため息が出る。切羽詰まっているのは知っていたが、やはりアンフォーギヴンも人間。危険な思想を持つ者も少なからずいるだろう。
「とりあえず今後は避難民と一緒に来た向こうの人々や、外交問題やら色々とあるからね。あっちの地球にきちんと責任とってもらわないと。終わってからも仕事は山積みね」
大変そうに言うもノアは満面の笑みで笑っている。そんな彼女の姿に零次も連れてしまいそうだ。
「その台詞、勝つの前提だよな」
「当たり前でしょ。だって……」
立ち上がるとおもむろに零次の腕に抱きついた。こういった事に慣れていない零次は思わずドキッとする。
「お兄ちゃんがいるから。ね? 慰謝料だって取れるだけむしり取ってやるんだから」
「ハハハ。そりゃありがたい事で。なら、期待に応えなきゃな」
心の中のわだかまりが消えていくようだ。
そう、ここには家族がいる。祖父が、従妹がいる。自分が助けなければならない人達がいる。
己の右手を見る。人間のものとはかけ離れた鳥の足のような手。正に異形。今までの常識では人間と呼べぬ存在となった。
きっとあちらには居場所は無い。アンフォーギヴンとして生きていくのが正解だろう。
自分が行うのは故郷への裏切りかもしれない。そもそも善なのかも立場によって変わる。それでも自分が信じた正義に従うと決めた。
「……決着をつけるぞノア。俺達アンフォーギヴンを悪の怪人扱いしたのを後悔させてやろう」
「ええ。たっぷりと貯まったツケ、一括払いさせてやりましょ」
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