狂気:後編

 狂っている。息子をヒーローとして成立させる為に、多くの命を弄び続けたのだ。まさに下道の所業と言えよう。

 そんな勘助の言動を山崎は止められない。画面の向こうで凌辱される女性に、強制されるアンフォーギヴンを悲しみながらも、ただ怯えながら心を痛めていた。


「そうだ山崎君。次に出す怪人なんだが、ライオンはどうかな。まだスーパーキーの慣らし運転を演出する時期だから、少し強そうな奴が良いな。まぁ、カラスが出たら……そいつに任せよう」


「危険では? 奴らはこちらで用意した毘異崇党ではありません」


「ふん。データーを見る限り、あいつらに殺意は無い。おそらく我々の妨害とアンフォーギヴンの回収が目的だ。寧ろこちらだけ本気出せるのだから、今の内に潰しておきたい」


「そうですか……」


 山崎は少し躊躇うように周りを見る。他の職員達は女性が襲われているのを鑑賞しているか、仕事をしているかでこちらに意識を向ける者はいない。


「所長、本当にこのまま続けて大丈夫なのですか? いつか警察や政府に見つかるかもしれません」


「問題無い」


 怪人を作り暴れさせているのだ。合法ではない。しかし勘助はそんな事はお構い無しと鼻で笑っていた。


「見て見ぬふりさ。我々のスポンサーも潰せば経済は破綻、一部の政治家もこちらに噛んでいる。他にも怪人を暴れさせるついでに国の邪魔者を排除してやってるんだ。我々に手を出せまい」


「……ご子息の為だけにこんな大袈裟な事を?」


「当たり前だ。子のいない君には解らないだろう。優人の成功を支え、暮らす地を豊かにする。子供が幸せに生きる世界を創ろうとするのは親の本能さ」


 山崎を足元から頭の天辺まで観察する。その目は興味を抱いてるのとは違い値踏みするようだ。


「まぁ……君には一生理解出来ない感情だな。奇跡的にゲテモノ好きな女性が現れない限りな」


 嗤い蔑み見下す。そんな言い方をされても山崎は反応しない。

 一方勘助は席を立つと山崎の肩に手を置く。


「だが私は君を正しく評価している。生産体制がととのったのも君のおかげ、功績さ」


「ありがとう……」


 礼を言うも全く嬉しそうじゃない。寧ろ自己嫌悪している。

 彼の気持ちを知っているのか、勘助は嘲笑し続ける。


「そうだ、たまには工場に行くと良い。君に似た醜い怪人が増えるのは嬉しい事だ。美しい者が醜い怪物を倒すのは基本だからね。ああ、ただし女の子は作るなよ。ゲテモノは客がつかない。いや、整形で顔を変えれば問題無いか」


 手が震えていた。自分の無力さと勘助の異常さに怒りと憤りが積もる。


「何か言いたいのかな?」


「……いや」


「そうだろう、君は私の敵にはなれない」


 山崎に触れた手をアルコールティッシュで拭く。


「痴漢冤罪を助けたのは誰だ? 学生の頃起きた盗撮事件から庇ったのは誰だ? 私だ。誰も君の事を信用しようとしなかった、君こそ悪だと決めていた」


 呪詛のような言葉が耳に入る。


「君の知性を私以外、誰も見ようとしなかった。だからここだけが君の居場所だ。違うかな? 光雄君?」


「………………違わないよ勘助君」


「そうさ、私達は友達だ」


 女性の嗚咽のような声、笑う職員。異常が常識となっている。そこに身を置く自分も同類なのだ。


「さて、仕事の話しに戻ろう。実は教育カプセルを一つ空けておいてもらいたい。可能か?」


「近日中に工場に移動予定が一件ある。それを空のままにしよう」


「頼む……いや、やはり二つだな。不要と思っていたが、確保しておくのは悪くない」


 とても楽しそうに何か考えている。彼の考えを山崎は察した。


「……職員ではなさそうだね。まさかまたなのか?」


「ああ、新しいヒロインが見つかってね。優人の側にいるのに相応しい、見目麗しい娘だ」


「成る程。グリーンとホワイトのように調整すれば良いんだな」


「そうさ。少しばかり生意気で美的感覚の狂ってる娘でね。二人とも零次君と親しいし彼には悪いが、優人の影らしく生きてもらなければならないからね」


 山崎はため息をつきながら勘助に背を向ける。


「了解。明日から休暇だから、今日中に調整はするよ」


「任せる」


 山崎はそのまま部屋から出ると一目散に走り出す。

 彼が向かったのはトイレだ。自分の内側から沸き上がる罪悪感に胃が締め付けられ、駆け込むと早々に嘔吐する。

 胃の中身どころか内臓まで吐くような勢いだ。女性の悲鳴が耳にこびりついて離れない。彼女だけではない。今まで何人もの人間やアンフォーギヴンの苦しむ姿と声を聞いている。それが彼の心臓を握っているのだ。

 勘助を裏切るのが一番かもしれない。だがそんな勇気は持ち合わせていない。それに彼に同調する程悪辣にもなれない。


「ああ……クソっ。いつまで続くんだ」


 殺される事。

 そう、アンフォーギヴンに見つかり殺されるのが良い。罪も償えて一石二鳥だ。

 だがそんな簡単にはいかない。都合の良い事が起こるものか。そもそもどこにいるのかも解らないアンフォーギヴンに接触する機会なんか無い。


 ふらついた足で洗面所に向かう彼を見ているモノがいた。機械のハエだ。

 一機のハエ型ロボットは全てを見ていた、聞いていた。それを通じ、零次とノアも。

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