ホームパーティー

 そして訪れた日曜日。ノアとランは零次に連れられ熱海家に訪れていた。広いリビングと高そうな家具に囲まれた零次の部屋とは桁違いの家だ。

 だがノアとランは上部はにこやかだが内心は真逆。決して心地好い場所ではなかった。

 何故なら真美と早苗の優人自慢が、パーティーが始まってからずっと止まないからだ。ここに零次がいたら彼女達の言葉をこう例えただろう。


 まるで宗教の勧誘みたいだ。と。


 実際二人はいかに優人が人格、能力にて優れた人物なのかを言い続けている。


「だからな、遺伝子うんぬんはあたしにはわからないけど……」


「人類の新たな進化に繋がるはずです。一人でも多くの女性が人類の為に……そして最高の人生を送れるのです」


 異常な会話だ。全ての女性は熱海優人を愛して当たり前、かつ彼の子を産み全人類に彼の遺伝子を残すのが人間という種にとって至高であり、進展に不可欠だと言っている。勿論直接的な言い方ではないが、彼女達の言葉の裏、その真意を読み解くとそう言っているのは簡単に察せる。

 常識的に考えれば、それがどれだけ狂った思想なのか直ぐに理解するはず。それをさも平然と常識のように発する姿は、滑稽を超えて恐怖すら感じる。


「どうですか? お二人も理解していただけましたか? 今後の事、考える間でもないかと」


「そうそう。矢田みたいな、あんなザコの側にいても人生を無駄にするだけだって。なぁ?」


 ノアの頭が急速に冷めていく。いや、冷たくなっていくと言った方が正しい。

 優人の称賛をしつつ零次の罵倒。出会って数日の彼を全て知っている訳ではないし、とても素晴らしい完璧な人物とは言わないが身内を貶されて良い気分はしない。


「……そのザコに負けたのは誰なんだか」


「ん? なんか言ったか?」


「いいえ……。それよりもお兄ちゃんの悪口は止めてかださい。不快です」


 呟いただけで真美には聞こえてなかった。

 弱いのはメサイアユニットが原因、ワイルドユニットを得て本来の力を取り戻した零次の敵ではない。当然彼女達は弱者と下に見ていた零次に敗北したのを知らない。

 ランも彼女達の言動に呆れており、より一層嫌悪感を積もらせている。


「なんか二人は相当……崇拝してるって言うのかな。私には理解し難いし……」


 ランが意地悪そうに口角を釣り上げた。


「私は嫌いだな、あいつ」


「は?」


「……あら?」


 真美は怒気に充ちた目で、早苗は蔑むような目でランを見る。ノアもランに同意し頷いた。


「私も苦手かな。よく知らないからってのもあるけど。顔は……まぁ、お兄ちゃんよりか整ってるのは認めるよ。けど、私は彼に好意を抱いていない、抱かない」


「…………お前本当に人間か?」


 一瞬ドキリとする。彼女の意図とは違うのは解っているが、その台詞はノアとランの心を揺さぶる。


「ええ、人間ですが?」


 そうだ。この地球の人間と殆ど変わらない、少し変異しただけの人間。それがアンフォーギヴンだ。


「ふむ。どうやら最近頭のおかしい人が増えてますね。毘異崇党のせいでしょうか」


「おかしいのはあんたらよ。一匹の雄に群がるなんて、まるでケダモノじゃない。人間かどうかって台詞、そっくりお返しするよ」


「…………ほぅ?」


 ランと早苗の間に火花が散る。真美も今にも殴り掛かりそうに拳を握っているが、アームズブレイヴァーとしての立場上安易に手を出せずにいる。

 彼女達が哀れだった。もしこれが二人の本心なら、こんな狂った人間がいる事が恐ろしい。そして誰かの手により仕込まれた思想なら、本当に哀れなピエロだ。一人の男を崇め奉る道具に成り下がっているのだから。

 だがその哀れみは早苗も感じている。


「無知とは悲しいものですね。外を知らず、ごみ溜めの中にしか幸福を感じられないなんて」


「あら、盲目よりかはまともじゃない。それに小さな角砂糖にすがり付くアリよりマシよ」


「言いますねぇ……」


 二人をノアは必要以上に煽る。彼女達の反応を見る限り精神の根幹まで歪んでいるようだ。

 仮に盲目的な恋心が原因なら、彼女達の心の中にある今までの常識が止めるはず。人により物事の好みは違う、自身の好意を他者に押し付けるのは非常識のはず。それなのに彼女達にはそれが無い。自分が絶対、優人が全て、それと違えるのが悪と認識している。

 お互いにいがみ合い空気が重くなる。彼女達の理性が一線を超えるのを踏みとどまらせているのだ。


「どうした? なーに睨み合ってるんだ」


 そうしてると勘助が割り込む。彼の姿を見て真美と早苗は少しだけ表情を緩ませる。流石に優人の父の前では良い格好をしたいようだ。


「いえいえ、少しお話しをしていただけです」


「そうそう。ちょっと意見がぶつかっただけだって」


 この豹変っぷりに開いた口が塞がらない。彼が優人の父だからだろう、あまりにも露骨で媚びるような態度に気色悪さすら感じる。


「そうか。ん、君達も楽しんでくれてるかな? 零次君の従妹と友人だったね」


「はい。お兄ちゃんからお話しは伺っています」


「…………」


 二人は一瞬視線を交わす。顔に笑みを貼り付けながら、ノアは手を背に回す。すると袖口から小さな何かが出てくる。とても小さな物、それはハエ型のロボットだ。数は三体。

 ロボットの一体は気付かれないよう真美達の背後を飛び、勘助の背中に止まる。

 これが今日の目的。アームズブレイヴァーの司令官、熱海勘助を監視する事だ。


「そういえば優人達は?」


「そういやさっき瑠莉達と出てったような……」


 幸い彼らは気付いていない。

 このロボットが何を見て、何を聞くのかは解らない。しかし白黒はっきりさせるはずだ。白ならば何もなく、黒なら大きな情報となるはず。


(さてと、個人的には尻尾を掴めると良いんだけど…………お兄ちゃんを裏切ってほしくないのもあるのよね)


 どちらに祈れば良いのか、彼女には決められない。ただこれが無駄にはならないでほしい。それだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る