知られる事

 後ろを振り向けばランがいた。先程のノアとの会話のせいか、少し複雑そうな顔をしている。

 話しづらいのか、一瞬躊躇いながらも零次の隣に歩み寄る。


「……ノアの事、あんまり悪く思わないで。彼女も解決するのに必死なんだ。立場もあるし」


「いや、俺も少し感情的になりすぎた。ノアからしたら優人だけじゃなく、アームズブレイヴァーそのものが怪しいってのは、一歩引いて見てみれば解る」


 自分が逆の立場だったら、そう考えるとノアの思考は間違いじゃない。きっと疑っていただろう。

 勿論完全に納得した訳じゃない。


「とにかく日曜日だ。優人の事も司令の事も調べて無実が証明されればそれも重畳だろ」


「そうね」


 ホッとしたようにランは頬を緩ませる。

 もしかしたら彼女にとってノアは、自分にとっての優人なのかもしれない。そう思えてきた。


「そういやノアとは長い付き合いなのか? 一応側近だとは聞いてたけど、かなり親しそうだからさ」


「あー……。ほら、私達って出生率がヤバいじゃない? だから同い年だと繋がりが強いってか、一緒にいる事が多くてね。赤ちゃんの頃から……かな」


「そうか。ん?」


 零次の頭にある事が引っ掛かる。たしか彼女には兄がいた。毘異崇党として命を奪ってしまったのが気に病むが、少しだけ気になった。


「出生率がヤバいのに兄がいたのか? そらって珍しいんじゃ」


「まあね。結婚しても子供がいない家庭が半分近くあるわ。それでも中には兄弟姉妹がいる家もある。一割いかないけど。それに私は兄と二十も離れてるから。親も一人でも多く産もうって必死だったみたい」


「……かなり大変そうだな」


 深刻な子供不足、それが種の存亡にかかるのだから必死になるだろう。第一子が成人しても子を成そうとしているのだ。アンフォーギヴンの未来は絶望的だった。


「だからこっちの地球を頼ろうって事になってんじゃない。でも……」


 ふと空を見上げる。日は傾き始め、空は茜色から黒へと変色していく。


「素敵な人を見つけて、子供もいて。そしたら三年前、捕まったって連絡が来た。そんで最後は侵略者として殺された」


 アームズブレイヴァーとしての最後の戦い。あの日に倒した魚型怪人はランの兄だった。それを思い出す度に罪悪感で胸がしめつけられる。


「…………ごめん」


「謝らないで。本当に悪いのはあんたじゃないんだから。それに義姉と姪が捕まっている。姪なんかまだ十歳だからまだ無事のはず。私は助けたい……」


 彼女も目標があった。兄が亡くなった今、その妻と子を助け出す事だ。ランと同じ目標を持つ者は少なくないだろう皆が。家族を、友人を救いだしたいと願っている。

 零次はそんなアンフォーギヴン達の気持ちに応える為にいる。その為にアンフォーギヴンとして生きる道を選んだ。

 可能性が僅かでもあるなら、道が一つでもあるなら、手探りながらも答えに向かうべきだ。


「そうだな。終わらせないと、何もかも」


「うん……」


 ランが笑う。こうして笑顔を見たのは初めてかもしれない。


「そういえば……この前はありがとう。庇ってくれて」


「ん? ああ、気にしないで。俺がやれる事をしただけだ」


 彼女が言っているのは先日、椿から守った事だ。あの時は零次も無我夢中だった。間違った事はしていない。


「……絶対終わらせよう。命を弄んだ罪を償わせてやる」


「うん、期待してるよ。……零次」


 初めて名前で呼ばれ驚く。いつもはあんたと呼んでいた。少しは認めてもらえた、そう思うと零次もホッとしたような嬉しくなる。






 夜、月が空高く昇った頃。熱海家の勘助の部屋で彼はロックグラスを片手に目を細める。

 部屋にはもう一人、黒いスーツを着た椿がいる。


「珍しいな。君がしくじるなんて」


「……申し訳ございません」


 グラスには氷とウイスキーが注がれており、勘助は一口飲む。そしてグラスを椿に投げ付けた。

 額に当たり血が流れるも椿は微動だにしない。


「愚鈍が、恩知らずが。何の為に貴様を拾ってやった、生かしてやった。仕事の一つもこなせないのか?」


「…………」


「フン。醜いのだから仕事くらい完遂しろ」


「ハッ」


 返事をするもそこに感情は皆無。機械が自動的にする返答のようで、勘助も苛立ちながら席に着く。

 背もたれに身体を預けため息。深呼吸をしながら冷静さを取り戻す。


「魚岸ラン……彼女は今の所不在のポジションを埋めるのに最適だ。彼女は零次君の側に置いておくのは勿体ない。相応しい立ち位置と幸福を用意してあげなければならない」


「……もう一人、矢田ノアは? 彼女も合格ラインだと思いますが」


「小柄のポジションは既に埋まっている。真美君だけで充分だ」


 笑いながら頬杖をつく。


生態的地位ニッチだよ。世界にはポジションがある。需要、役割に応じた者が立ち環境を創る。彼女達も同じだ」


「……私には理解し難い概念です」


「理解する必要は無い。それよりも……」


 机に置かれたカレンダーを見る。そこには今度の日曜日に赤く丸で印がつけられていた。


「絶体絶命のピンチを助けたヒーローが知り合いだった。ってシナリオは破綻した。次のパーティーで……難しければ教育すれば良い」


 笑っていた。恐ろしい程邪悪な笑みだ。楽しみつつもそこに良心は存在していない。悪巧みを考えている顔だ。


「もうピンクのような失敗はしない。真の英雄は万人に愛されなければならない。この地球の絶対的な守護者にて至高の宝でなくてはな」


「………おっしゃる通りです」


 その返事だけ、椿の声に感情が込もっていた。喜ぶような、慈しむような、そんな声だった。

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