Who

 止めた手を掴み背負い投げで地面に叩き付ける。筋肉質なせいか、見た目以上に重い。

 それでもアンフォーギヴンの身体能力なら身長、体重差も覆る。


『!』


 しかし彼女の身体能力はランの想像以上だ。瞬時に受け身をとって立ち上がり構える。


『…………驚いたな。臆する事なく投げ返すとは。何者だ?』


「何者……ねぇ」


 いっそここで擬態を解いてしまっても、と思ったが止める。彼女が無関係なら驚かせて追い返す事も可能だろう。しかし下手に正体を明かしノアや零次に影響が出るのはまずい。ここでくらいの覚悟でなければやるべきではないだろう。


「あんたみたいな変質者や痴漢から身を守る為、鍛えてるだけよ」


『…………随分とアグレッシブなのだな。が、正しい』


 肩、首を鳴らし拳を握る。


『少し本気を出そう』


 鳩尾を狙った正拳突き。叩きいなすも連続で回し蹴りを繰り出す。


「速い!」


 とっさにしゃがんで避けた。だがその時ランは何かに気付いた。

 下から見える光景、ほんの少しだけ見えた仮面の隙間を。


(こいつ……!)


 ランの顔色が変わる。焦りと驚きが混じったようで、急いでその場から離脱しようとする。


『逃がすか』


 しかし女は速い。逃げようとしたランを背後から羽交い締めにする。


「この、離せ!」


『じっとしていろ。馬鹿力が、本当に人間か?』


 女は背後に目配せをする。するとあの黒いバンがゆっくりと近づいてきた。


(こうなったら仕方ないか。擬態解いて……いや)


 不本意だが擬態を解こうとした時、自転車の音が聞こえた。ランの視線の先、川原沿いの道を走る白い自転車が見える。

 乗っているのは紺色の服を着た男性、警察官だった。


「っ! 助けてお巡りさん!!!」

 

 とてもシンプルな事だ。危ないのなら助けてもらえば良い。それも警察という平和を守る者がいるのなら尚更だ。

 警察官もランの声に気付き、急いで駆け付ける。


「おい! 何をしている!」


『……チッ。あっ』


 警察の介入に驚いた隙に振り払い逃げ出す。そして警察官の方へと駆けよった。


「お巡りさん、あの人いきなり私の事を……」


「ああ、離れていなさい。君、そこから動くんじゃないぞ」


 自転車を投げ捨て女に警戒しながら近づく。

 ランはその間にそこから立ち去った。彼女からしても警察の厄介になるのは御免だ。戸籍も保護者もいないこの地ではランの方も異物。警察はリスクでしかないのだ。


「そのお面を外しなさい。聞こえているのか!」


 女はめんどくさそうにため息をつく。警察官の声も聞いていない。


「おい!」


『……残念だ』


「何?」


『貴方のような真面目な警察官を失う事になるなんて』


「?」


 次の瞬間、女は袖口からナイフを取り出し警察官の首に突き刺した。そして首を切り裂くと動脈を切ったのたろう、おびただしい量の血を撒き散らしながら警察官は倒れた。


「か……は……」


 紺色の制服は赤黒く変色し、血の水溜まりを広げていく。そんな彼を女は見ようとせずランを探していた。

 しかし彼女の姿はそこにはない。既にランは何処かへと逃げてしまっていた。


『…………任務失敗』


 ポツリと呟くと足下の警察官に視線を落とす。


『いや、訂正しよう。貴様は真面目で無能という最悪の屑だ』


 苛立ち警察官の頭を踏みにじる。


『人類の宝、希望の邪魔をした。その罪は死で償えるものではない。殺すべきではなかったな』


 何度も警察官の死体を蹴り、踏みつける。仕事をこなそうと、ランを助けようとした事を悪だとばかりに罵倒する。

 彼女の様子に車から黒ずくめの男が一人降りてくる。


「その辺にしておけ。後片づけが面倒になる」


『……了解』


「任務失敗とは珍しい。さっ、見られる前にずらかるぞ……


 男に連れられ女は車に乗る。その様子を川の水面から誰かが覗いていた。

 ランだ。擬態を解き魚人間となったランが見ていた。

 あのピエロ仮面の女を睨むように。







 その日の夕刻。学校から帰った零次は部屋に入るなりため息をつく。またノアとランがいたからだ。本来なら今日は向こうの地球に帰っているはず。なのに居座っているのが少し不快だ。

 流石に一人でいる時間、プライベートが欲しいと文句を言おうとしたが、二人の様子がおかしい事に気付いた。


「お帰りなさいお兄ちゃん」


「どうした? なんか、空気が変なんだけど」


「ちょっとね」


 二人は視線を交わす。


「実は今朝ランが襲われたの」


「え、大丈夫なのか? もしかしてバレたのか?」


「私は問題無い。それにアンフォーギヴンだから襲われたんじゃないの」


 零次は意味が解らないとばかりに首を傾げる。


「要するに美少女専門の誘拐犯てとこ。ランがナイスバディだからね」


「あんまりいじらないで。……まぁ、それだけなら流してたけど、誘拐犯が問題だったの」


「誘拐犯が?」


 ランが頷く。


「北村椿、アームズイエローだった」


「……………………ハァ!?」


 驚いて頭が真っ白になる。それもそうだ。地球の平和を守るべくして結成されたアームズブレイヴァーの一人が、まさか誘拐犯だなんて思ってもいなかった。


「いやいや、待て待て待て。本当なのか?」


「あの首の傷は見間違えないし、背丈もね。それに仲間らしい男がイエローって呼んでた。間違いないよ。そんなに信用出来る人なの?」


「いや、確かに俺はあの人をよく知らないけどさ……。でもそれならどうして?」


 零次は彼女の事をよく知らない。彼が解雇されてから入ったメンバーだからだ。

 だから椿の人柄等断言出来る素材は無い。


「……お兄ちゃん」


 困惑する零次と違い、ノアは酷く冷静かつ何か考えがあるようだ。その口調はとても冷たいものだった。


「私は一つだけ推測している事があるの。それを確認したいから質問に答えて。アームズブレイヴァーにいた女性達、グリーンにホワイト、そして殉職したピンクについて」

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