追跡者

 街中をノアとランは歩く。彼女達が向かっているのは学校ではない。近隣に潜伏しているアンフォーギヴンと合流するのが目的だ。彼女達は擬態の一環で学生服を着ているも、実際は学校には行っていない。

 通学、通勤途中の人々とすれ違いながらランはため息をつく。


「……ハァ」


「どうしたのラン。何か悩みでも?」


「別に。ちょっと言い損ねた事があってね」


「あの四人に?」


 四人とは勿論アームズブレイヴァーの事だ。悪態の一つでも言いたかったのだろうか。


「違う……」


 そう言うと口をへの字に閉ざしてしまう。何か質問しても無駄だろう。ノアは黙って歩き続ける。


 こちらの地球は遥か昔、自分が生まれる前と同じようだと聞いている。整地されたコンクリートジャングル、ガスを撒き散らす車の群れ。ある意味人間らしい世界ではある。

 獣と混ざりあったアンフォーギヴンだからだろうか。魅力的とは言い難い世界だ。

 だがそれは自分が決め付ける評価ではない。


「…………ラン」


 そんな事を考えているとノアの目が変わる。


「黒いバンが一台。スモークガラスで中は見えない」


 追跡されている事に気付く。


「バレた?」


「違うと思いたいけど……」


 ノアは前を見る。数メートル先には十字路がある。


「私は右、ランは左に。危険だと判断したらユニットの使用も許可する」


「ハッ」


「……散開」


 ノアの合図と同時に左右に分かれる。二人が分かれるも、黒いバンは迷う事なくランの方へと進む。


(私? いや、ノアが狙われるよりマシか)


 思考を友人としてではなく部下としての自分に切り替える。急いで指輪に触れ通信機を起動させた。


『ラン、そっちに行ったけど大丈夫?』


 幸いノアも同じ事を考えていたようで、彼女から連絡があった。


「追跡はされてますが、まだ大きな行動は起こしていません」


『偶然かランが狙いだったか。とりあえずこっちに追っ手はいないみたいね』


「例の連中でしょうか? 先日回収した誘拐犯から……」


『解らない。あいつはゲルローブルの腹から出したらすぐ自殺したし。実はただの美少女誘拐犯とか。ランボインボインだし』


「ふざけないでくださいノア様。……とにかく水辺に移動します。そこなら私も全力を出せますから」


『わかった。気を付けてね、ラン』


 心配する声にランは口角を上げる。


「大丈夫。コネで側近になった訳じゃないんだから。返り討てやるって」


 通信を切りランは急ぎ足で駆ける。向かう場所は決まっていた。相手が誰であろうと対処出来る場所。自分にとって有利な場所だ。

 少しずつ人影が減り、ランは川原へと訪れていた。

 静かで人気は皆無。犯人からすれば絶好の場所だ。


「…………」


 目を閉じ深呼吸。すると草を踏む足音が近づいてくる。

 チャンスだ、とでも思っているのだろう。妙に余裕そうな軽い足取りだ。


「何の用かしらストーカーさん」


 ランが振り向くと足が止まる。

 黒い男性用スーツを着た人物が一人。ピエロの仮面とニット帽をかぶり顔は隠しているものの、体格からして女性であろう。

 女性であった事に少し驚くも、ランは気丈な振る舞いを崩さない。


『気付いていたか。勘の鋭い奴だ』


 ボイスチェンジャーを使っているのだろう。無機質で甲高い声だった。


『それに私に怯えないとは、随分と肝の据わった女子高生だ。珍しい』


 確信した。彼女はアンフォーギヴンだから追って着た訳ではない。少女だから追ってたのだ。

 少し安堵しつつも警戒は緩めない。どっちにしろ、ランにとって外敵である事に変わりはないからだ。


「で? 女の子にストーカーをしているお姉さんは何の用なの?」


 ピエロ仮面は少し考えるように仮面をいじる。


『ひとまず黙ってついてくれば手荒なマネはしないと約束しよう。それに…………もしかしたら白馬の王子様が助けてくれるかもしれないぞ』


「悪いけど、私は助けを待つヒロインじゃないのよ。捕まったらそいつをぶちのめすタイプだから。今時の女の子は強いんだから、わかってるお姉さ……いや、オバサン」


『…………そうか、残念だな。ならば少し手荒に捕獲させてもらう』


 その一言が切っ掛けなのだろうか。彼女のまとっていた空気が変わる。


『そして身の程を知れ。己の無知と無謀を。恨むなら自分の顔と身体を恨むんだな』


 言い終わった瞬間、彼女は風のような速度で踏み込む。

 速い。おそらく常人ならば反応すら不可能な手刀。捕らえる事が目的なせいか、あくまで気絶させようとしている。

 だがこの女は知らなかった。自分はあくまで少女を誘拐しようとしてるだけ。少し気の強い女子高生ごときに遅れはとらないと思っていた。


『!?』


 止められた。それも片手で。


「…………成る程。ただの変質者じゃなさそうね」


『貴様……』


 只者ではないのは踏み込みで解る。手刀の威力でも力加減、狙いから察せる。

 彼女はただのチンピラとは違うと。


(私を誘拐して何が目的なの? あくまでこいつは私をただの女子高生だって思ってるなら、尚更わかんないな)


 ふとノアの言っていた事が頭を過る。


(身体目当て……。ならあいつの言ってた顔と身体ってのも納得出来る。どっかで人身売買って感じかな)


 思わずため息が出そうだ。

 好きでこんなスタイルになった訳じゃない。ノアからセクハラを受けるような身体だが、母親に似ているのを嫌だと思った事は無い。


(馬鹿な犯罪者を相手するのはちょっとね。どうにか逃げたいな)


 ちらりと川を見る。魚型のアンフォーギヴンであるランにとって、水中こそ独壇場だ。


「隙を作って逃げるかな」

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