瑠莉の夜

 漫画の敷き詰められた本棚、壁に掛けられた制服。机の上には電源の入れたままのノートパソコンが置かれている。

 時刻は夜八時を回った頃。部屋の片隅でベッドに寝転ぶ一人の少女、瑠莉が呆然とした様子で身を投げていた。

 頭の中を駆け巡るのは昨晩の事。レイヴン三世の出現、迎撃に駆り出された事だ。

 拐われた人、もろとも攻撃しようとした椿、一蹴される真美と早苗、優人の新しい力。

 そして不可解な言動。


「平和の為に、か。それに……」


 零次……否、レイヴン三世の事を思い出す。彼女はあのカラス怪人の正体を知らない。だからこそ困惑していた。

 何かがおかしい。彼らの目的は仲間の保護。更に前回もまともに戦わずこちらの必殺技を迎撃しただけ。

 そもそもあの状況ならアームズブレイヴァーを殲滅するのは簡単だ。二人が変身解除され一人は行動不能。ダメージがあるとはいえ、真美と早苗を同時に相手取るような強者。戦闘を続行すればこちらがやられていたはず。


「どうしてとどめを刺さなかった? 何が目的なの?」


 知らないからこそ想像つかない。目的も何もかも。ただ頭を悩ませ見付からない答えを探している。

 ただ一つ、零次の変身した姿、アームズブラックと重なった事を思い出した。


「…………いや、まさかね」


 共通点はカラーリングが黒である事と武器だけ。体格は全く違うし、重力操作能力も持たない。だから関係無いと自分に言い聞かせる。

 ベッドで寝転んでいると枕元に置かれた写真立てが目に入り、おもむろにそれを取る。

 中にある写真は四年前に撮ったもの、中学入学式の時の写真。優人を中心に瑠莉と零次、三人の写真だ。

 明るく笑う姿が眩しい。まだアームズブレイヴァーとなる前のただの中学生だった頃の自分達。平和に過ごしていた日常、もう戻れない日々がここにあった。


「零次……」


 解雇された零次は平穏な日常に戻った。だけど自分達は終わらない。

 戦う事は嫌じゃない。世界の平和の為に、地球を守る為に戦うのを誇らしく思っている。


『あいつらが来てから、地球に良い事ってあったかな』


『なんでこうなったんだろう。俺もみんなも、平和の為に戦っているのに』


『アームズブレイヴァー、お前達が…………自分が正義だと思うな』


 その言葉が頭を過る。そしてパズルのピースのように何かつながりがあるような気がした。

 仲間がいる。つまりこの地球に居座る毘異崇党がいたのだろう。人間そっくりに化けた怪人が。

 何故? 人類に化けられるのなら、こんな大々的に侵攻する必要は無い。人類に悟られないようこっそりと入れ替われば良いのだ。

 勿論攻撃を行っている者達が囮の可能性もある。もしくは別の思想、毘異崇党内で派閥争いがあるのかもしれない。


「…………どうしてだろう? 何だか嫌な予感がする」


 根拠は無い。それなのに違和感に胸がざわつく。

 瑠莉はベッドから起き上がると机に向かう。そしてノートパソコンをいじりネットを開く。


「毘異崇党が出たのは十年前。日本に出現したのは……二年前だ。私達が配属は去年で……」


 何かを調べ始める。画面に映る数字を見比べながら一つずつ整理していく。他にもネットニュースを見ながら気になった記事を片っ端から読んでいった。

 情報を頭に叩き込みながら思考をフル回転させる。一つ、また一つとパズルが組まれていくような感覚があった。だが……


「……一晩どうこうなる量じゃないね。十年分は流石に多いな」


 背もたれに寄りかかり背筋を伸ばす。

 今日はもう少しやったら、何日かに分けて調べよう。そう決め再びパソコンの画面に向き合う。

 そうしていると窓の外から声が聞こえる。隣の家、熱海家の優人の部屋がある。窓を開ければすぐ傍にある彼の部屋から声が聞こえるのはいつもの事だ。

 だが今回は少し違う。声は一つじゃない。聞き覚えのある声、真美と早苗の声だ。


「珍しいなぁ、こんな時間に二人がいるなんて。あっ、そういえば夕飯誘われてたっけ」


 朝早苗に誘われていた事を思い出す。しかし瑠莉は断った。そんな気分じゃなかったからだ。


「そうだ、みんなにも相談し……」


 窓開け声をかけようとした時だ。カーテン越しに影しか見えないが、長い髪からして早苗だろう。彼女と優人の影が重なった。身体を、頭をくっつけるように。


「……………………は?」


 そのまま彼を押し倒しもう一人、小柄な影、真美も倒れ込んだ。

 何が起きているのか一瞬解らなかったが、記憶にある優人の部屋、その構造と家具の配置からしてベッドに倒れたのを察した。


「え? え? 嘘……」


 何をしているのか気付き顔がみるみる赤くなっていく。三人の影が重なった理由、それを理解してしまった。


「……いや、二人は優人の事が好きだし恋愛は自由よね。そうよ、ここで声をかけるのは失礼ね」


 窓を閉じカーテンも勢いよく閉める。心臓が痛いくらい速く動き息も荒くなる。


「明日学校なのに……どんな顔して会えば良いのよ」


 ふらついた足でベッドに転がり込む。

 見なかった事にしよう。忘れるように布団に潜り、目を閉じ耳を塞ぐ。僅かに聞こえる真美と早苗の黄色い声から逃げるように。

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