裏と奥底

「あいつ、スーパーアームズレッドの装備。お兄ちゃんは何か知ってる?」


「いや……残念だけど、俺も初めて見た。まさか強化スーツがあったなんて聞かされていないんだ」


 嘘ではない。今まで強化のきの字すら話しに出てこなかった。どう考えても零次の解雇後の装備だ。


「………………って事はお兄ちゃんが出たからってとこかな」


「どういう事だ?」


 零次が質問するとランは鼻で笑う。


「少し考えれば解るでしょ。あれは私達と戦う為の装備。存在は知ってるんだから、あらかじめ用意していたんでしょ」


「……つまり俺が出たのを機に持ち出した。敵対するアンフォーギヴンを殲滅する為に?」


「そうよ。むしろ待ってたんじゃない?」


 あり得る。毘異崇党として拐った人々を助ける為なや、この戦いを止める為にアンフォーギヴンが介入するのは想定して当たり前。活動の活発化を機に戦力を出したのだろう。


「でも……それなら怪しいね。アームズブレイヴァー、ヒーロー達も」


 ノアの呟きに零次は顔色を変えた。自身は騙されていた、操られていた、だからこそ怪しまれる事は無いと思っていたからだ。


「どうしてだ? 俺も利用されていたんだぞ」


「上層部よ。正直各国の政府やってると思ってたけど、このタイミングの良さと対応の速さは疑わしいわ。司令官の……レッドのお父さんもね」


「そんな……」


 あり得ないと言いたいが、疑わしいのは事実。幼なじみの父を、両親を失ってから面倒を見てくれた彼を疑いたくなかった。

 しかし冷静に考えれば無実を証明するチャンスでもある。彼が無実なら、優人と瑠莉も同じになる。


「そうだ、調べよう。絶対司令は無実なんだ、それを証明したい」


「…………信じるのは良い事だけど、裏切られる覚悟はした方が良いよ。キツイから」


 ノアの言葉が胸に突き刺さる。信じていた分裏切られたショックは大きい。彼女なりに心配しているのだ。

 零次はその言葉に何も言えなかった。信じるより信じたいと思っているから。







 その頃、もう片方の地球にある一室。大きなデスクの前に一人の男性がいた。オールバックに厳つい顔立ちをした男性、勘助だ。

 彼は仕事中らしくパソコンにかじりついている。忙しく指を動かしながら画面に目を走らせている。


「ふぅ……」


 手を止め一息。デスクに置いてあったマグカップを取る。赤い戦士のイラストが描かれたマグカップ。アームズレッドのマグカップだ。

 おそらく市販されているグッズなのだろう。それだけでなくフィギュアも置いてあった。

 二人の関係を知る者からすれば息子想いの父親に見える。芸能人となった家族を応援するのと同じ感覚なのかもしれない。

 勘助がコーヒーを飲んでいると部屋の扉がノックされる。


「入りなさい」


「失礼します」


 扉を開けたのは長身の女性、椿だった。

 彼女は一礼するのと部屋に入り、背筋を伸ばし直立する。


「さてさてイエロー。今回の君は少々失態が酷いな。敵の腹にいる救護者もろとも攻撃しようとしたり、少し悪手だな。瑠莉君も怒っていただろ」


「申し訳ございません」


 淡々と感情の込もっていない声だ。反省しているのかも判断し難く、無表情な顔が普通なら怒らせてしまってもおかしくない。しかし勘助は彼女の性格を理解しており、特に言及はしなかった。


「……相変わらず可愛げが無いな。顔も性格も」


「仕事に可愛げは不要なので」


「真面目も度を超すとねぇ。とりあえず次の仕事の件だ」


 咳払いをし不適な笑みを浮かべる。


「先日の報告、確認したが…………やるじゃないか。是非とも採用したい。君もやるべき事が理解してきてるようだね」


「恐縮です」


 軽く会釈するように頭を下げる。


「時期も悪くないからな、すぐに調整しよう。今回の件で優人は精神的に落ち込んでいる」


「では父親である司令が側にいてはいかがですか?」


「いやいや、私は今日は残業だよ。慰めるなら相応しいのがあるからね。私が家にいれば無粋だろ?」


「………………」


 椅子に寄りかかりながらニヤつく。正義のヒーロー、その上司とは思えないような笑みだ。椿もその笑みに一瞬眉が動くも、すぐにいつもの貼り付いたような無表情になる。


「とにかく今までいなかったタイプだ。あと今回は少し劇的な場を用意したいからね。詳しい事は追って連絡する」


「任務了解」


「確実に頼むよ。君はその為に生まれ育ったんだ。世界の平和を守る為に」


 椿は口を閉ざしたまま一礼し、急ぎ足で部屋から立ち去る。一刻一秒もいたくないと言っているようだ。

 一切感情を見せない受け答え。椿はあまりにも冷たく人間味の感じられない女性だった。淡々と仕事を行う、機械のような人物だ。

 勘助はつまらなさそうにため息をつくと仕事に戻る。カタカタとキーボードを叩く音だけが静かに響くのだった。


 一方部屋を出た椿は廊下を歩きながらスマホを取り出す。急ぐように操作し、誰かに電話をかける。

 少しだけ表情が緩む。今までとは大違いだ。嬉しいようなはにかむような笑みだ。


「私です。ええ、今しがた終わりました。相変わらずでしたよ」


 足取りも軽く別人のよう。その表情は年頃の女性らしさが浮かんでいる。


「あと仕事を依頼されまして……ですがきっとあなたにプラスとなるでしょう。私達はもっと輝きます。その輝きは……きっと世界を平和に導く光となる」


 話しながら椿は一度立ち止まる。そして勘助のいた部屋を一瞥し、再び歩き出した。

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