失った命、救い上げた命

 零次は一人廊下を歩いていた。外が丸見えとなったガラス張りの廊下だ。

 こちら側、アンフォーギヴン達の住む地球の環境は素晴らしいものだ。一面に広がる緑の大地、棲みきった空、どれも零次の住む世界とは一線を画する。

 どうしてこんなにも美しいのか。

 技術レベルの差、アンフォーギヴンとなり獣に近づき自然と調和しているのもある。だが一番の理由は人口だ。

 アンフォーギヴンは世代を重ねる毎に出生率は低下している。無理な突然変異の弊害だ。そのせいで今や総人口は零次の生まれた地球の半分以下、世界レベルでの深刻な少子高齢化が進んでいる。なまじ普通の人間より頑丈かつ医療も発達しているせいで、定年なんて数十年前に廃止されたくらいだ。

 だからこそもう一つの地球に希望を見出だした。変異していない人類との交配による回帰。移住し家庭を持つ者、事情を説明しアンフォーギヴンの世界に人々を連れてくる者もいた。

 しかしその政策も瓦解する。アンフォーギヴンを悪の怪人に仕立て上げヒーローと戦わせる。そんな非道なショーを世界中で行っているのだ。


 それを止める、その為に戦う決意をした。

 しかし現実は厳しい。発見されたアンフォーギヴンの誘拐の阻止、ヒーロー側の強化、仲間の戦死、事態は好転所か悪くなる一方。元凶を叩けない今はジリ貧だ。


「はぁ……」


 到着した部屋の前で大きくため息。考えても仕方ないと気持ちを切り替える。


「ノア、入るぞ」


 ここはレイヴンの城にあるノアの自室だ。零次が声をかけると中からノアが応える。


「ああ、お兄ちゃん? 良いよー」


 扉が自動で開き部屋に招き入れられる。部屋は物が少なく、年頃の少女の部屋とは思えない程さっぱりした……否、殺風景な場所だ。

 部屋の隅に置かれた大きなベッド、そこに黒い翼の塊を見つける。


「ノア、大丈……」


 零次が固まる。ベッドには確かにノアが寝転がっていた。しかし彼女が抱き枕にしているものに思考が停止してしまった。

 耳や腕に生えているヒレ、鱗のある肌、そしてノアとは雲泥の差の胸。ランに抱き付いていたのだ。


「…………何見てんのよ」


「あー、いや。ノア、セクハラはほどほどにな」


「同意の上でーす。むしろお兄ちゃんもまざる? ランって最高の抱き心地よ」


 軽蔑するような、露骨に嫌がるランの目を零次は見逃さない。


「遠慮しておく。……てか体調は大丈夫か? 転移の連続使用ってかなり体力を消耗するんだろ。それにランも怪我してたし」


「だからこーして充電してんの。ランだって再生能力あるから平気よ」


「そうなのか?」


 ランは無言で頷く。


「お兄ちゃんもどうなの? 怪我、大したことないって聞いてはいたけど」


「大丈夫だよ。ちょっと手を切っただけだから」


 包帯の巻かれた右手を見せる。瑠莉の槍を払った時に切ったのだ。怪我そのものは浅い。

 二人が無事な事に頬を緩ませ、ノアも零次の様子に安堵する。


「……心配してたけど大丈夫そうね」


「だからかすり傷だって」


「違う、心の方」


 零次は押し黙る。目の前で戦死者が出た事を思い出したのだ。


「大丈夫じゃないかな。やっぱり目の前で人が死ぬのは慣れないよ」


「慣れない?」


「ああ。アームズブレイヴァーの頃に、襲われてる人やメンバーが……」


 毘異崇党として戦わされているアンフォーギヴンは侵略者として破壊活動をさせられてる。勿論人的被害が出て死傷者が出るのは少なくない。それにヒーロー側の戦死者も、世界中で何人もいる。零次のいたアームズブレイヴァーでも一人いた。

 その事にランは首を傾げる。


「何でそっちに戦死者が出るのよ。全部ヤラセなんでしょ? ならわざわざ自分達に被害をださなくても……」


「演出でしょ。所謂仲間の死がーとかやって、お涙頂戴ってなやつ」


 ノアの意見が正解だろう。ヒーローの死は大々的に報じられ、市民の心を動かす。全部黒幕の思惑と見て間違いない。


「かもな」


 えらく感情の込もっていない声だ。普段とは違った物言いにノアは引っ掛かる。


「お兄ちゃん、そのメンバーの事嫌いだった?」


「…………彼女、ピンクの事は正直苦手だった」


 零次は安楽椅子に座り天井を見上げる。


「レッド……優人と得に仲が悪いと言うか、一方的に嫌っててね。馴れ馴れしいとかカッコつけ野郎とか主人公気取りって言ってて。更にホワイトは色狂いだとか、俺もさんざん悪口を言われて嫌だったからさ」


「私は同感だけど。あいつ嫌い。なんか好かれるように寒い台詞並べてるみたいで」


 ランはあからさまに嫌そうな顔をする。まだいきなり頭を撫でた事を根に持っているようだ。


「……そうか。でも俺にとっては大切な幼なじみなんだ」


 思い出すのは初期のメンバー。訓練を受け四苦八苦しながら戦っていた日々。懐かしい思い出であるも、それも全て仕組まれた事だと思うと胸糞が悪い。

 アンフォーギヴンだけじゃない。もっと多くの人々の命を玩んでいるのだ。考えるだけで怒りが込み上げる。


「けど、人の命をなんだって思ってるんだろうな。ライラノスだって……」


「彼の死は無駄じゃない」


 ノアが起き上がる。


「彼が命懸けで戦ったから多くの仲間を助けられた。そうでしょ?」


「…………そうだな」


 そうだ。今回の作戦で彼はきっちり仕事をこなした。花形家の人々も守ったのだ。自らの使命を全うした彼を讃えるべきだろう。


「ありがとう、少し気分が晴れた」


「どういたしまして。で、私の方からも少し話しがあるんだけど」


 ノアの手元には光の板が展開されていた。

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