カラスの泣き声

 ヒーローのパワーアップ、その御披露目の犠牲のように仲間が死んだ。ある意味黒幕な思惑、それ以上の展開かもしれない。

 ただ零次は呆然とし、血生臭い花火となって消えたライラノスの姿を見ていた。

 華麗に必殺技を決めた優人を讃える声が苛立たしい。誰も理解していない。悪の怪人を倒したのではない、のだ。これは殺人だ。

 なのに笑っている。ヒーローの活躍を無邪気に喜んでいる。


「…………ふざけるな」


 頭の中でカラスの鳴き声が響く。自分の中にある獣が立ち上がる。

 血液が沸騰するような感覚。何かが自分の中で騒いでいる。


「次はお前だ、レイヴン三世! 正義の炎がお前の野望を燃やしつくしてやる!」


 優人の声も今や不快感の塊でしかない。ターゲットをこちらに移し切っ先を突き付けるのも神経を逆撫でする。殺人を正当化し称賛されるような奴だと脳が罵倒していた。


「…………黙れ」


 重圧を解いた瞬間、真横に重力をかけ瑠莉達を弾き飛ばす。近くの民家に壁を破壊し突っ込んだ。

 自由になった左手には弓が握られており、背中の翼を広げる。


「黙れ! お前が正義を語るな!」


 身体を浮かばせ突撃。自身に掛かる重力の向きを操作し猛スピードで突っ込む。

 当然優人も迎え撃とうと踏み出す。だが……


「うっ……?」


 急に重くなった身体に膝を着いた。身体が上手く動かずスーツの機能が低下している。

 動けずにいた優人の隙を零次は見逃さない。止まらず弓を振り上げ、仮面の瞳が妖しく光を放つ。獣のように無情に、幼なじみを敵と認識していた。


「させない!」


 瑠莉が割り込み槍で受け止める。吹き飛ばされても直ぐに立ち上がり駆けつけたのだ。


「瑠……?」


 一瞬手が止まり理性が引き戻される。自分が何をしているのか再確認しハッとした。

 今自分は優人を殺めようとしていたのだ。それに気付き背筋に悪寒が走る。自分がやるべきなのは元凶を叩き戦いを止める事。ヒーローを倒す事じゃない。


「俺は……」


「イエロー!」


「!」


 椿が接近していた。爪を振るい零次を八つ裂きにしようとする。

 瑠莉の声で我に返り、即座に空へ飛翔し離脱。爪は空振りし零次は空から三人を見下ろした。

 優人の下には真美と早苗も駆け寄る。


「レッド大丈夫か?」


「レッド様……」


 優人を心配しつつ憎らしげな視線を零次に向ける。彼女達に続くように瑠莉と椿も零を見上げた。

 どうするべきかと頭を悩ませる。このまま戦闘を続けるのは可能だ。優人は何故か動けず、真美と早苗は戦う余力が無い。瑠莉と椿を同時に相手をするのは……不可能ではない。

 本当に敵対しているのならこの場で殲滅するのは簡単だ。しかし零次の目的はそんな事じゃない。論外だ。


『お兄ちゃん』


 その時、助け船とばかりに不意にノアから通信が入った。


「ノアか」


『ランから状況は聞いてる。こっちは終わらせたから、そっちに直接ゲートを開ける。撤退して』


 彼女の声は疲労困憊し息も切れかけている。少し心配だが、今は彼女の言う通り撤退するのが先だ。


「…………よし」


 弓が光の粒子となって消失し、真っ二つになったユニットの残骸を見る。せめて遺品だけでも持ち帰ろうと飛び付いた。

 それに瑠莉が反応する。


「待て!」


「っ!」


 突き立てられた槍を拳で払う。殴り飛ばされた槍は乾いた音と共に地面に落下した。その切っ先には僅かに血が付着している。

 零次の右手には切り傷が付けられていた。血が垂れ地面に血痕を広げる。


「邪魔しないでくれ……」


 瑠莉の首を掴み持ち上げる。傷付いた手なのに軽々と彼女の身体が浮かび上がる。


「うっ……」


 もがき振り払おうとするも、手に血がつくだけでびくともしない。


「なんで……」


 零次が呟く。


「なんでこうなったんだろう。俺もみんなも、平和の為に戦っているのに」


「え?」


 おおよそ侵略者とは思えない言葉に瑠莉は驚く。このカラスの怪人が幼なじみだと彼女は知らない。だからこそ余計に驚いている。

 だが考える時間は与えられなかった。呆然とする彼女を助けようと椿が襲い掛かる。


「離せ」


「またお前か。構ってる暇は無い」


 零次は瑠莉を椿目掛け投げ捨て、その隙にユニットの残骸を回収。ラン達の所まで飛んだ。

 翼を羽ばたかせながらラン達を守るように降り立つ。左手に握られたユニットの残骸を一瞥、黙祷するように一瞬顔を伏せる。


「…………今日はここまでだ。さらばだアームズブレイヴァー。もう二度と会いたくないがな」


「待て! 誘拐した人を返せ!」


「誘拐ではない。私達の仲間だ」


「なんだと?」


 想定外の返答に優人だけでなく瑠莉達も驚く。


「私達は仲間を保護しに来ただけだ。なのにお前達は……」


 やるせない怒りに身を震わせながらも堪える。本当の敵は彼らではないと自分に言い聞かせながら。


「アームズブレイヴァー、お前達が…………自分が正義だと思うな」


「どういう意味だ?」


「悪意の操り人形……」


 そう言い残し零次は翼を広げる。翼には無数の黒い光球が浮かび上がり、羽ばたきと同時に周囲に撒き散らした。

 光球は地面に触れると炸裂。煙幕となり零次達の姿を眩ませた。

 煙が晴れた後には誰もいない。ただ小さな血痕だけが残されていた。

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