伸ばす手はここに
瑠莉がランの動きを見切ったのか、それともランの油断か、彼女が振り下ろした剣を枝刃に引っ掛ける。そのまま地面へと押さえ付けた。
「あ……」
一瞬だがランが停止する。回避も防御も出来ない無防備な姿。それを見過ごすような甘い連中じゃない。
椿が一気に接近し右腕を振るう。
「
不気味なくらいに無機質な声で、鋭い爪がランの身体と骨の鎧を切り裂く。白い鎧を引き裂き、その奥にある青白い肌へと凶刃が到達する。
「…………」
ランは血を撒き散らしながら大きく後ろに吹っ飛ぶ。その姿を椿は苛立たしげに見ていた。
彼女は切られた。本来なら吹っ飛ぶなんてあり得ない。何故ならランはわざと後ろに跳んだのだ。少しでも傷を浅くする為に。
「痛っ。この……」
痛みに顔を歪めながらも起き上がる。彼女の鎧はみるみる内に修復していき、怪我なんて無かったかのように即座に立った。
「だ、大丈夫?」
「私は大丈夫です。けど……」
ゲルローブルが駆け寄るも、ランの目は血に汚れた椿の爪を、そして槍を構えた瑠莉を見ていた。
二人の腕はランの予想以上だ。正直侮っていた。
「意外と、ヤバイかも」
背筋が凍るような感覚。自分は耐えられるがゲルローブルは別だ。彼がやられてしまったら一気に状況が悪化する。
『必殺チャージ!』
「へ?」
椿はおもむろにメサイアユニットの鍵を押し込みエネルギーを溜める。大技を繰り出す前兆、それに瑠莉まで驚いていた。
二人の額に冷や汗が流れた瞬間……
「させるか!」
その音に零次が気付く。左手一本で二人を受け止めながら彼もワイルドユニットの鍵を押し込む、それも三回。
『Boost』
黒い光が弓と右手、右足に灯る。重力エネルギーの塊が彼の身体に宿った。
「邪魔だ!」
思いっきり押し退けると早苗と真美はバランスを崩す。その隙に回し蹴りを繰り出した。軌跡が黒い円を描き、二人のスーツを破壊する。
軽々と蹴り跳ばされ、彼女達は一瞬自分の身に何が起きたのか理解出来なかった。痛みに意識を戻されるまで、自分が一蹴された事に気付かなかったのだ。
「あう!?」
「ぐあ!」
二人を押し退けると零次は飛ぶ。自身に掛かる重力の向きを変え一直線に飛んだ。
それを察してか椿も攻撃体制に入る。
「……確実に消す」
『イエロー! バーストフィニッシュ!』
「イエロー、待って!」
瑠莉の制止を聞かず画面を押しエネルギーを解放。淡々と機械のように、もしくは作業のように心が感じられない。
椿が爪を振り上げ、砂の刃を飛ばした。地面を削りながら真っ直ぐランに向かって放つ。
ランは避けられない。避ければゲルローブルに当たる。それ所か彼ごと中にいる花形家のみんなも危ないからだ。
「っ!」
自分が盾になろうと手を広げ仁王立ち。砂の刃が迫り思わず目を閉じる。
当たる。そう覚悟した瞬間、何かがランの前に現れる。
「ぐうぅぅぅ!」
零次が間に合た。弓を盾に砂の刃を受け止めたのだ。
ジリジリと圧されていくも足の爪で踏ん張る。
「させるかっての!」
弓に取り付けられた刃が光を放つ。力の限り振り払い、一気に切り裂き砂の刃を破壊する。
流石に椿も驚きを隠せない。仮面に隠れているとはいえ、彼女が驚いているのは明白だ。
しかし零次は止まらない。
「カーテンコールだ……!」
右手の黒い光が矢と変化、矢をつがえ真上に向けた。
「え……」
一瞬、瑠莉の目に見慣れた人影が見えた。弓を構えるここにいないはずの仲間、アームズブラックの姿が。
しかしそこにいたのは黒銀の鎧を纏ったカラスの怪人。瑠莉の知る彼ではない。
『Deathblow』
弦を引き絞り矢を放った。空高く矢は昇り、誰もいない空に視線が集まる。
次の瞬間、矢が無数に分裂しアームズブレイヴァー達へと迫る。
矢の雨じゃない。一本一本が追尾性を持ち、五人を襲う。
「なっ!?」
優人にとっても不意打ちだ取り囲むように矢が迫り命中、炸裂した。
あちこちで起こる爆発。ギリギリで瑠莉と椿は反応し直撃は防いだもののダメージは大きい。優人と早苗、真美にいたっては戦闘のダメージも重なり変身が解けてしまっている。
そこから周囲の様子がおかしくなった。この状況に違和感を感じ始めたのだ。
だが瑠莉達はその空気を感じていなかった。必死に立ち上がろうとし、再び戦おうとしていたからだ。
「う……くっ。イエロー、まだ立てる?」
「任務続行可能。ダメージはあるが問題無い」
立ち上がる二人に零次はゆっくりと振り向く。疲れたように肩で息をしながら。
「ひれ伏せ」
手を向けると数十倍に増加した重力が二人を押さえ付けた。身体が重い。皮膚が鉄板のような、腕が岩石のように急激に重くなる。
「な、何これ?」
「…………!」
指一本動けない。起き上がろうとするも重過ぎてびくともしなかった。
勝負は決した。身動きのとれない瑠莉と椿。変身が解けた優人、早苗、真美。もうアームズブレイヴァーは戦えない。
この状況に一安心し零次はランの方を向く。
「大丈夫か?」
「あ、うん。私は大丈夫……ってかあんた三倍ブーストとか正気? 身体もたないって」
「俺も平気だって。それよりも……」
二人を潰さないよう、あくまで身動きを封じる程度に重力を調整しながら周囲を確認する。
ライラノスは無傷、ランもゲルローブルも無事。そんな状況に人々は顔を青ざめていた。
「なぁ、これ……かなりヤバくね?」
「嘘でしょ? アームズブレイヴァーが負けた?」
「こ、殺される!」
唖然と立ち尽くす者、恐れ腰を抜かす者、矛先が自分に向けられると思い逃げる者。誰もがアームズブレイヴァーの敗北に心を乱されていた。
流石にこの状況は耳障りなのか、ライラノスは槍を人々に向ける。
「三世様。どうしますか?」
「ほおっておけ。ここで市民に被害を出したら、それこそ我々が侵略者だと言ってるようなもんだ」
「はっ。しかし……」
ライラノスは倒れている優人を見下ろす。
「この程度だとはな。所詮おままごと、ヒーローごっこをするようではまだまだだな」
優人の身体がピクリと震える。
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