戻りかけた日常

 零次がアンフォーギヴンに帰属し数日。悩みも吹っ切れ精神的にも落ち着きを取り戻してきた頃、彼は再び学校に通い始めた。

 もうあちらの地球に着く事を選択したとはいえ、彼はこの地球で生まれ育った。友もいるこの地の生活を捨てきれない。

 相変わらず瑠莉と優人に距離を置いてしまってるが、少しばかり顔色は戻っている。

 知らぬ間に悪行に加担させられている友人を救う。それもまた彼が戦う理由だ。

 必ず止めよう。そう意気込みながら日常へと戻っている。


 そしてその日の夕方、一人で下校しようとしていた所に優人と瑠莉に引き止められ、久しぶりに三人で帰路についた。

 二人も悩んでいた零次の事を気遣っており、吹っ切れて元気を取り戻した姿に安堵している。


「でも本気に良かった。零次が元気になって」


「だよな。一時期酷かったぜ」


「ごめん心配かけて」


 三人は穏やかな雑談をしているが、零次は内心二人への罪悪感に肩が重かった。

 一刻でも早く解決させなければならない。ノアの部下達もこちらの地球に潜伏し調べているも、今だ手掛かりが手に入ってないのが現状だ。

 彼らが家の近く、優人の家とその隣の瑠莉の家、その向かい側にある零次の住むアパート。いつもここで別れていたが優人が立ち止まる。


「あっ、椿」


 優人の家、熱海家の前に一人の女性がいた。買い物帰りなのだろう、大きなビニール袋を持っている。

 零次には見覚えが無い女性だ。


「椿!」


「…………お帰りなさい」


 傷跡まみれの威圧感のある女性だ。こちらに振り向き一礼するも、その圧倒的なプレッシャーに零次もたじろぐ。


「零次には紹介してなかったな。彼女はうちの家政婦やってくれてて……お前の後任の椿だ」


「はじめまして矢田零次さん。私は北村椿。優人やご主人からお話は聞いています」


「あ、どうも」


 彼女がアームズイエローかと驚く。しかし椿の風貌は歴戦の強者を感じさせるようだ。これなら自分がクビになり彼女が採用されるのも納得がいく。

 しかしふと違和感を感じる。よく考えてみれば、この戦いは全てしくまれたやらせだ。どんな事があろうと出撃させられたアンフォーギヴンは敗北し死ぬ事を強制されているのだから、メンバーの強弱は関係無いはず。

 もしかして零次達が妨害に来るのを予期していたのだろうか? ふとそんな事が頭を過る。


「…………」


「どうしたの零次? もしかして椿さんみたいなのがタイプなの?」


「いや、違うって。少し考え事してただけだ」


 からかう瑠莉をあしらい苦笑い。その時背後から呼び声が聞こえる。


「おーい、お兄ちゃん!」


 振り向けば手を振りながら駆け寄るノアの姿が。彼女の後ろにはランもいる。二人ともこちらにいるせいか学生服の姿だ。


「ノア……にランもいるのか」


 そういえばランはノアの側近だと言っていたような。そんな事を思い出す。


「どうしたんだこんな所で」


「いや、そろそろお兄ちゃん帰ってくるかなって思って。この後ディナーにでもってね」


 笑いながら話すノアに優人も話し掛ける。


「やあノアちゃん。できればそっちの娘を紹介して欲しいんだけど」


「ああ、これは失礼。彼女は私の友達の魚岸ランちゃん」


「どうも……って!?」


 そう言うとのはランに抱きつく。すると彼女の腕がランのセーターを圧縮し、隠れていた巨大な山を見せつけた。

 擬態を解除した姿を見た事がある零次はももかく、瑠莉と優人驚き一瞬停止する。


「大きい……勝てない」


「へ、へぇ……」


 瑠莉は特に衝撃を受けたのだろう。怖じけているようにも見える。

 しかし優人は直ぐににこやかな笑みを浮かべランに手を伸ばした。


「そっか、ランっていうのか。よろしく、俺は熱海優人ってんだ」


 そう言いながら彼女の頭を撫でた。


「っ!」


 ランの目の色が変わる。まるでサメのような獰猛な瞳に。そして乱暴に優人の腕を振り払った。


「触るな!」


 ランの声が響く。驚き耳が痛くなるような声量で。

 これには零次も驚いていたが、ノアが即座に宥める。


「ラン、ちょっと落ち着こう。ね?」


 何となくだがわかる。意図していないとはいえ、優人も兄の仇だからだ。彼に触れられ良い気分ではないだろう。

 ノアだけではなく瑠莉も二人の間に割り込んだ。


「ちょっと優人。それセクハラだって」


「いや、だけど真美と早苗は喜んでるけど……」


「あの二人が特殊なだけだって。普通は違うの。……ごめんなさい魚岸さん。悪気は無い……から余計にタチが悪いかな」


 瑠莉が謝るも不機嫌そうに睨む。正確には敵意だ。彼女にとってアームズブレイヴァーは敵。いかに理由があったとはいえ、知らぬ存じぬで終わらせられる程冷徹にはなれない。

 零次も同じように。

 そんな彼女の気持ちも知らないせいか、瑠莉と優人もランの怒りに困り果てている。


「……ったく。ほら二人とも行くぞ。じゃあ二人とも明日学校で」


「え、零次?」


 零次は二人の手を引きアパートまで脱兎の如く駆け込む。そのあまりのスピードに瑠莉達は呆気にとられる。

 三人の姿が見えなくなると、瑠莉はわざとらしく大きなため息をついた。


「優人、何度も言ってるじゃない。女の子の頭を気軽に撫でるもんじゃないって」


「いやーつい。でも瑠莉だって嫌がらないじゃん」


「私は優人がどんな人か知ってるから。本来なら家族や恋人じゃないとダメでしょ」


 頭を掻きながら彼女は自宅に向かう。


「私達は幼なじみ、友達でしょ。そのよしみで邪険にはしないけど、嬉しいって思った事無いから」


 そう言い放ち家の扉を開け帰宅。残された優人も困ったように苦笑いをするだけだ。

 そんな中で蚊帳の外だった椿はある一点をじっと眺めていた。機械のようなカメラのような冷たい目で零次のアパートを。

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