華やかさの裏
ある平日の夕方、一人の女性が街中を歩いていた。年齢はアラサー程、片手にはトートバッグがかけられ中には今夜の食材が詰められている。
女性は鼻歌混じりに歩きながら自宅へ向かっていた。仕事帰りに夕飯の買い物、保育園に預けている娘は夫が迎えに行っている。そんな平凡な一日が今日も終わる……はずだった。
(さてと、帰ったらお米炊いてそれから…………ん?)
ふと感じる違和感。元々人通りが少ない道で不気味さはあった。地域でも子供達に警戒を促すような場所とはいえ、何かがおかしいと本能が告げている。
虫の知らせ、本能の警告。そんなものが頭にあった。
「…………っ!」
ちらりと後ろを振り向く。一瞬だが誰か人影があったのを見逃さなかった。
背筋に悪寒が走る。
女性は一目瞭然に逃げ出した。どっと冷や汗を流しながら自宅であるマンションに駆け込む。オートロックの自動ドアを開けエレベーターに入ると閉まるボタンを連打。三階に着くと周りを見ながら急いで自宅の鍵を開け部屋に入った。
「ハァハァハァ……」
息を切らしながら荷物を床に投げ捨てる。痛いくらいに暴走する心臓を抑えながら急いでカーテンを閉めた。
「まさか、嘘でしょ? こんな所で……」
女性は右手の人差し指にはめた金色の指輪を撫でる。するとどうだろう。彼女の姿がみるみると異形の者へと変わっていく。
頭よりも大きな耳、腕よりも長い鼻。それらのパーツが付いたゾウの亜人。彼女はゾウ型のアンフォーギヴンだった。
女性は鼻で器用に窓を少しだけ開け、目を閉じて開いた隙間から外の様子を確認する。鼻に全神経を集中させほんの僅かな匂いも逃がさず細かくチェックする。
いつもの街の匂い。ありきたりな車や建造物に人々の匂いだ。
そんな中に一つだけ嗅ぎ慣れないものが混ざっている。
(これ……火薬? 銃っ!?)
女性は驚きながらも指輪を操作し擬態。スマホをバッグから取り出すと急いで夫に電話をかける。
銃、追跡、それらが繋がり彼女の中で最悪の予想となった。誘拐。世界中で起きている異世界からの侵略者、毘異崇党とヒーローの戦い。実際は拉致したアンフォーギヴンを脅迫し戦わせている殺戮ショーだ。その実行犯に見付かってしまった可能性がある。
電話の先でコール音が鳴る。一回、二回と繰り返すも一向に夫は出ない。
心臓が加速し痛い。出る気配すら無い事に目眩がしてきた。
「お願い、出て……」
拐われた者で生きて帰ってきたのは一名。先日帰還した長の孫が止めたのを聞いたが、人質はまだいない。捕まってしまったら、もう絶望しか残されない。
やがて電話は留守番サービスに変わる。夫が出ない。目に涙を浮かべながら座り込んだ。
その時扉が開いた。
「ママーただいまー」
「ただいま。さっき電話してきたけど、家の前だから出なかったんだ。何か……」
夫と娘が帰ってきた。安心感に全身の力が抜けていく。
「よ、よかった……」
「おい、どうしたんだよ。何かあったのか?」
夫は妻に駆け寄る。目に涙を浮かべる彼女の異常さにただ事ではないのを感じていた。
抱きしめ必死に宥める。娘も母を心配し落ち着きがない。
時間は残されていない。きっとすぐに乗り込んでくるだろう。そして夫は人質として拘束され、自分は敵役の生産機として死ぬまで利用される。さらに娘も将来同じ道を辿らされるだろう。
これを防ぐ道はただ一つ。
「…………ねぇ、大切な話しがあるの。私達家族の命が懸かった話しが」
「な、何だよ藪から棒に」
そう驚く夫の前で、彼女は指輪に触れた。
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