目覚めた力
力が湧いてくる。アームズブラックであった時には感じられなかった自身の内側からの熱。空を飛ぶのも初めてだったのに、本能が理解していた。手足を動かすようにごく自然に。
「だから遠慮はいらない。来いっ!」
「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
男は無我夢中で突撃、零次に襲い掛かる。鉄塊のような太い爪が振り下ろされた。
零次は一歩も動かず瞳がギラリと光を放つ。見える、動きが遅く感じる。
腕を片手で掴み止める。振りほどこうとするもビクともしない。
「フン!」
そのまま軽々と投げ飛ばす。彼の身体は錆びたドラム缶を押し潰し転がる。
「お兄ちゃん!」
その時天井に開けた穴からノアが飛び込んでくる。四枚の翼を羽ばたかせ、監督に見られないよう嘴型の冠で顔隠している。
「ユニットを破壊して。そうすれば元に戻れる」
「解ってる。危険だから近づくなよ」
左手をバックルにかざす。すると光が粘土のように形を作り、零次の手に握られる。
ずっと使っていた慣れた武器。それは弓だ。しかしアームズブラックの頃よりも巨大で、薙刀と弓を組み合わせたようなものだった。
「ハッ!」
飛び掛かり切付ける。彼の身体じゃない、腰に巻かれたヴィランユニットをだ。
何度も何度も切付け外装に傷がついていく。だが思った以上に頑丈で簡単に破壊出来ない。
「ぬぁぁぁぁぁぁ!」
男も負けじとタックルを繰り出す。
何の為に、自分が何をしているのか。彼の心は暴走しながらも根幹にあるのは我が子への愛情。社会的立場や仲間よりも優先しなければならなかった。
零次は受け止めた手から彼の気持ちが流れ込むような感触があった。だからこそ怒りが沸いてくる。絆を、愛情を利用し玩ぶ事を許せない。
そして同時に、自分もそれに加担していた事の罪悪感で胸が痛い。
「ふざける……なぁ!」
押し退け回し蹴りで蹴り飛ばす。彼の身体を傷つけないよう足の爪はバックルを引っ掻く。
「何で……何でこんな事をやらせるんだ! 家族を人質にして、見せ物として殺されるのを強要出来んだよ!」
「く……あぁぁぁ!」
男は涙を流しながら跳躍すると球体に丸まった。硬質な鎧の塊、さながら鉄球に変化し零次目掛け突進する。高速回転し一気に磨り潰そうと。
「止めろぉ!」
右手をかかげ振り下ろす。その瞬間、男の身体は垂直に落下し地面にめり込んだ。
「じ、重力……操作?」
ワイルドユニットにはアンフォーギヴンの他生物の面を押し出したり武装を形成する機能、そして一瞬の超能力を覚醒させる力がある。
零次が目覚めた力、それは重力操作。彼の巨体を軽々と運べたのも、異常なまでの高速移動もこの力の応用だ。
「ダアッ!」
続けて手を横凪に振るう。重力が男の正面からかかり、身体が壁に叩き付けられた。重い。壁に張り付けられているのに、起き上がれないような感覚がある。
「ヒーローショーは終わらせる……」
バックルに刺さった鍵を押し込み重力操作を解く。
『Boost』
血流が加速し身体中の力が奮い立ち右手に黒い光が集まる。
「カーテンコールだ!」
駆け出し拳をヴィランユニットに叩き込む。
『Deathblow』
「カハッ……」
ユニットに衝撃が伝わり、壁をぶち破って男を外に突飛ばした。
「う……あ…………」
フラフラと立ち上がるも、ユニットには無数の亀裂が走っていた。そこから黒い光が溢れ出し亀裂が広がる。
「ああ!?」
光は男を飲み込んだ。黒い光の球に、重力の塊がヴィランユニットに桁違いのプレッシャーをかける。
光が消えるとユニットは粉々に砕け散り、男の姿が変わった。
身体のあちこちがアルマジロの鱗甲板となった、四十代程の男性が膝をつき倒れる。ノアは彼の側に急ぎ様子を伺う。
「ノア」
「大丈夫、気絶しているだけ」
零次も急ぎ駆け寄ると、ホッと胸を撫で下ろす。少し派手に暴れ過ぎた気がするが、彼を止められたのは重畳だ。
自分の右手、鉤爪の生えた鳥の足のような手を見る。
アームズブラックの頃じゃ手も足も出なかっただろう。この力ならきっと止められる、そんな期待を胸に拳を握りしめる。
「ひとまず彼を連れて帰ろう。お兄ちゃんも……来るよね?」
「勿論、俺は決めたからな。よろしくな」
ふと仮面の中で笑みがこぼれる。誰にも見えていないが、少しだけ心が温かくなる。
一人じゃなかった。祖父と従妹がいた、血の繋がった親族がいる。それが何よりも嬉しい。
「さてと、じゃあ……」
「見つけた!」
ノアが転移ゲートを開こうとした瞬間、誰かが駆け付けた。
青いスーツに十文字槍を手にした少女、アームズブルーこと瑠莉だ。
(瑠莉!? もう見付かったか)
二人を庇うように立ち身構える。気絶した男性をノアに任せ零次は瑠莉と対峙した。
瑠莉は零次とは気付かず槍を向ける。
「貴方達、武器を捨てて手を上げて」
「……断る」
「なら……」
槍を構え腰を落とす。そのまま突撃しようと息を吸い込んだ瞬間、メサイアユニットから声が聞こえる。
零次も知っている。優人の父でありアームズブレイヴァーの司令官、勘助の声だった。
『ブルー、上層部より奴の早急に討伐するよう指示が出た。奴は毘異崇党の幹部怪人だ。確実に仕止めろ』
「え? あ、はい!」
瑠莉は急な通信に驚きながらも頷く。生真面目な彼女にとって、上の命令は絶対だ。
彼女はメサイアユニットに刺さった鍵を押し込む。
『必殺チャージ!』
それが何なのか、零次もよく知っている。彼も対抗するように鍵を押し込んだ。
『Boost』
槍を、弓を構え睨み合う二人。瑠莉はその正体を知らずに敵意を向けるが、零次は知っているからこそ心苦しかった。
先に動いたのは瑠莉だ。ユニットの画面を押し力を解放する。
『ブルー! バーストフィニッシュ!』
「!」
零次も右手に黒い光の矢を生み出し光の弦を引き絞った。
瑠莉の槍から水が渦巻き、巨大な水の龍となって零次に迫る。
『Deathblow』
光の矢を放ち、激流となった水の龍と衝突した。
すると光の矢は巨大な黒い光の球、引力エネルギーの塊となり龍を引きずり込んだ。空気を、砂を吸い寄せ圧縮し押し潰していき、肥大化していく。
「なっ!?」
桁違いのエネルギーに瑠莉は驚愕する。圧倒的な力だと肌で感じる。
大きく、膨れ上がった力はやがて破裂するように四散し消滅。風が止まり静寂が戻った。
しかしその場に残されたのは瑠莉ただ一人だ。
「逃げられたか……」
逃走を許してしまった事に自責を、あの力が自分に向けられなかった事への安堵が同時に胸にのしかかる。
そして空を見上げながらふと思った。弓を構える姿に何故かデジャブを感じたと。
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