レイヴン三世

 門を抜けた先は見慣れぬ町、コンビニの裏だ。本当に近くまで来れたのか一瞬疑念があったが、それは杞憂だった。

 爆音。人々の歓声が聞こえる。


「あっちか!」


 現場を見付け急いで向かう。

 まるで格闘技の試合を観戦しているような熱気。ヒーローを応援する声。危険を察し逃げる人々とすれ違い、逆にアームズブレイヴァーの活躍を楽しむ者の後ろから戦場を見渡す。

 いつもより多いロボット兵の大群と戦う五人のカラフルな人影。見慣れた四人の中に、初めて見る戦士がいた。

 背の高い女性だ。黄色いスーツに身を包み右手には大きな鉤爪の手甲を装備している。

 アームズイエロー、彼女が零次の代わりに入ったメンバーだ。零次は会った事もなく正体も知らない。しかしロボット兵を蹴散らす姿から、自分よりメサイアユニットを使いこなしているのがわかる。

 記憶が正しければ、零次が解雇されてから戦闘があったのは今日が初めて。つまり彼女のデビュー戦だ。

 だが零次はそれよりもあるものを探していた。


「……いた!」


 ロボット兵の群れの奥底、潰れた車の上に座る怪人が一人。アルマジロ型怪人の男性がじっと戦いを眺めていた。

 何故だろうか、自分の出番を待っているかのように見える。ロボット兵が減り自分の下へ辿り着くまで、それこそ出番が来るまで待機している役者のように。

 周りの人はアームズブレイヴァーの活躍に釘付けで、観戦しようと駆け寄っても彼に気づくと恐れ近づかずに離れていく。


「おい」


 零次は一人怪人の前に立つ。彼も零次に気づき驚いたように目を見開く。


「おやおや、脆弱な人間ごときが何の用だ。失せろ」


「あんたに聞きたい事がある」


「……フン」


 怪人は車から降り零次の所まで歩く。零次よりも一回り以上の巨体。その威圧感は凄まじいものだ。


「聞こえなかったのか人間。邪魔をするなら……」


「誰に命令されてここにいる?」


「!」


 大きな耳がピクリと震える。


「お前の意思でここにいるのか? それとも人じ……」


 そう言いかけた所で怪人は零次の首を掴み軽々と持ち上げる。足が浮き視線が交差する。彼は顔を近づけじっと零次を睨んだ。


「君、アンフォーギヴンだな?」


 小さく周りを気にしながら囁く。


「このベルトで私は監視されている。この角度なら君の姿は映らない」


「あんた、本当に人質を取られてるのか?」


「……息子がな。とにかく君がバレたら危ない、私の事はいいからすぐに逃げろ。私がここでイエローのデビュー戦として死ななければ、息子が殺されるんだ」


 彼は顔を離し咳払いを一つ。そしてわざとらしく高笑いをした。


「ハハハ! 何を馬鹿な事を! この地球をいただきに来るのに理由がいるか。弱肉強食、貴様ら人間より優れた毘異崇党が支配してやるのだ、ありがたく思うんだな!」


 零次を投げ捨て急ぎ足で離れていく。自分の死に場所に、家族を守る為に犠牲となろうと。

 彼の背中があまりにも虚しかった、悲壮感の塊にしか見えなかった。

 怪人の登場に人々は沸き上がる。華麗にヒーローが戦い、打ち倒すのを楽しみにしているようだ。

 毘異崇党は侵略者なんかじゃない。投げたのも怪我の無いよう加減していた。監視にバレないよう零次を気遣ってくれていた。


 確信した、何が本当なのかを。自分がやってきた事は地球を守る為の戦いじゃない。娯楽の為の殺人ショーだ。


「…………そう、だったのか」


「お兄ちゃん」


 いつの間にかノアが後ろに立っていた。


「……あの人、息子が人質にされてるって。俺に見つからないよう逃げろって」


 拳が震える。自分の犯してきた罪がのし掛かってくるようだ。


「ノア、ワイルドユニットをくれ」


「私達を信じてくれるの?」


「ああ。もう迷わない。こんなふざけた争い……いや、ショーを見せられてたまるか。出演者も観客も傷つけ、命を玩ぶような芝居なんか存在しちゃいけない!」


「ありがとう」


 二人の足元に光の円が、転移ゲートが開き何処かに運ばれる。そこは現場のすぐ近く、人気の無いマンションの屋上だ。


「ここなら誰にも見られない。だから……遠慮無くやっちゃって、お兄ちゃん」


 翼を広げ、鳥人間のような姿に戻るノア。彼女は笑っていた。心の底から喜び零次を歓迎している。

 手には黒銀のバックル、ワイルドユニットと起動キーがあった。零次はそれを受け取り自身の腰に巻く。


 自分の意思で手にした、もう後戻りは出来ない。これは侵略者とヒーローの戦いなんかじゃない。何の為にアームズブラックになったのかを思い出す。本当にやるべき事を、自分がやりたかった正義を行う為に戦いを止める。これはその力だ。


変身コンセプション!!!」


 鍵をバックルに刺し込むとバックルの卵の紋章が割れた。


『Hatching』


 光に包まれ、それは巨大な卵のようだ。その殻を突き破り黒い影が羽ばたく。

 それは空を切り人々の声を吹き飛ばす風。

 曇を蹴散らし空から怪鳥が乱入する。

 墜落するような勢いで降り立ち、アスファルトを踏みくだきながら埃を巻き上げた。

 ロボット兵は吹き飛ばされ、誰もが唖然しその乱入者に目を奪われる。


「な? 誰だ!」


 いざアルマジロ怪人と戦おうと意気込んでいたレッドこと優人は狼狽する。急に現れた謎の存在に。

 それはメンバー全員がだ。誰もが息を飲み晴れていく砂埃の先に視線が集まる。


「ま、まさか……」


 そんな中、アルマジロ怪人だけは様子が違った。恐れるように、驚きながらも感激するように。

 姿を現した戦場に割り込んだ者、黒銀の鎧を纏ったカラス怪人となった零次が深呼吸をする。


「レイヴン様? いや、違う?」


「そうだ、違う」


「!?」


 零次はアームズブレイヴァー達に振り向く。


「そこまでだアームズブレイヴァー。戦闘行動を停止しろ」


「お前は誰だ!」


 優人が刀を突き付け叫ぶ。全員が思っていた疑問を代弁し静かに耳を傾けた。


「俺……いや、私は…………」


 今の自分は矢田零次ではない、アームズブラックでもない。ならば何者なのか。そう考えるとふと頭に祖父の姿が浮かぶ。


「私はレイヴン三世。この戦いに幕を下ろす者だ」

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