目覚める為に

 数日後の日曜日。へたれたパーカーを羽織り零次は外に出る。

 あれから学校にも行けず家に引きこもっている。瑠莉と優人が時折声を掛けてくるが、彼はそれに応えず自分の殻に閉じ籠っていた。

 それでも腹は減るし家の冷蔵庫も空になる。気分は乗らないが食料確保の為に買い物に出かけた。

 彼がアパートを出た瞬間、思わず足を止めて露骨に嫌そうな顔をする。


「おはようお兄ちゃん」


 監視をしているのか、ノアがアパートの前にいた。彼女は先日と違い学生服ではなく黒い着物姿だ。


「帰れ。俺はお前らの味方になる気は無い」


「そんな事言いながら、私達の事を誰にも言ってないじゃん。少しは思う所があるんでしょ」


「…………」


 その通りだ。彼女達から聞かされた事はずっと胸の奥にしまっている。こんな事、誰にも相談できていない。

 彼女を無視し歩き出すも、後ろでフードをいじりながらついてくる。


「ねぇ、私達についてもこっちの地球を裏切る訳じゃないんだからさ。それに私は血の繋がった家族でしょ? お祖父様もいるし家族は仲良くしようよ」


「俺はお前が従妹だと微塵も思っちゃいない。レイヴンとか言うカラスジジイも祖父だなんて認めてない。勝手に家族面するな」


「冷たいなぁ」


 こう言ってはいるものの、何となくだか親しみを感じている。目なんか似ていると思ってるし、初めて見た時から他人の気がしなかったのは明らかだ。

 家族のいない零次には麻薬のようだ。家族が、血の繋がった者がいる安心が警戒心を緩める。


「ハァ……」


 ため息をつき無視を貫こうとすると、急に足を止めた。


「零次。ずっと連絡とれなかったから心配してたんだぞ」


 優人と瑠莉、二人とばったり出くわしてしまった。会いたいような会いたくないような、そんな複雑な気持ちだ。


「ああ、ごめん。いろいろとあってさ」


「…………もしかして後ろにいる娘のせい?」


 瑠莉はじとっとした目でノアを見る。彼女がノアの正体を見破っているとは考えられないが、零次からすれば気が気じゃない。

 そんな零次の気持ちを嘲笑うかのように、ノアはにこやかな笑みで零次を押し退ける。


「はじめまして。お兄ちゃんの言ってた幼なじみの人ですよね? 私矢田ノア、従妹なんです」


「従妹か。俺は熱海優人だ。よろしく!」


「五反田瑠莉……」


 冷や汗が止まらない。どうすれば無事に乗り切れるか考えるも頭が動かない。

 しかし三人は零次を無視し話し続ける。


「しかし零次にこんな可愛い従妹がいたなんてな」


「あはは、ありがとうございます。私の父がお兄ちゃんのお父さんと双子の兄弟なんです」


「へぇ。確かに目とか零次に似てるかも」


「あ、ああ。そうだな」


 心臓が痛い。今すぐこの場から逃げたい。それでも不審に思われないよう取り繕う。


「そういえば二人はどうしたんだ?」


「ああ……」


 優人はチラリとノアを見る。


「これからでさ。一緒に行くとこだったんだ」


 この意味を零次は知っている。バイトとはアームズブレイヴァーの仕事の事だ。ノアが一般人と思われているのだろう。少しだけ安堵する。

 しかしホッと一息つく間もなく優人の方から音が聞こえる。流行りの男性アイドルグループの曲だ。

 彼はスマホを見ると顔色を変えた。


「すまん早く来てくれって。瑠莉、行こう」


「…………うん。零次、明日は学校に来てね。迎えに行くから」


 二人は一目散に走り出す。彼らの姿が小さく、人混みの中へ消えてくのを零次は黙って見送った。

 完全に姿が見えなくなったのを確認すると、ノアの目付きが冷ややかになる。


「あの二人、アームズブレイヴァーのメンバーだよね?」


「知ってたのか?」


「お兄ちゃんを監視してたんだから当然でしょ。良い人そうだし、騙されてるの心苦しいでしょ」


 零次は思わず視線を逸らす。

 そうだ。もしノアの言葉が真実なら、二人の手を汚しているのを見たくない。それに二人も知れば心を痛めるだろう。


「……お前は黒幕は誰だと思ってる」


「アームズブレイヴァーを操ってるのを考えると、やっぱ政府じゃないかな。まぁ尻尾は掴めてないけど」


「そうか」


 気の無い返事をしているとある事を思い出した。先程の二人の慌てよう、急いで立ち去った事を。


「まさか……毘異崇党が出たのか」


「っ! そっか。だから二人は……」


 ノアの表情が曇る。また一人、仲間が殺される。見せ物として、侵略者の真似事をしヒーローごっこの悪役として。


「どうするんだ? 止めないのか? 仲間が無理矢理戦わされてるんだろ」


「止めたいよ。でもこれ以上誘拐されないよう護衛に回すので手一杯。それにアームズブレイヴァー達ヒーローが来る前ならまだしも、いたら下手すると挟み撃ちにされて……殺された。アメリカでね。私達は人質がいないから操れないもの」


 確かに、黒幕からすればノア達は邪魔者だ。ヒーロービジネスの邪魔なら彼女達の排除を優先する。助けようとした相手に攻撃されるかもしれないのだ。迂闊に手は出せない。


「俺は……ちぃ!」


 零次は舌打ちをしてスマホを取り出した。


「SNSでならどこで戦ってるかまるわかりだ。……ああっ、港町の方か。遠いな」


「……お兄ちゃん、そこに行きたいの?」


 ノアがスマホを覗き込む。


「ああそうだよ。お前には関係無い、俺が行きたいから行くんだ」


「なら連れてってあげる。来て」


「?」


 手を引かれ人気の無いビルの裏に連れられる。周囲に人目は無く、不気味なくらいに静かだ。


「ゲートオープン」


 ノアが手をかざすとマーブル色の光の円が展開される。これに見覚えがある。例えるなら別の場所と繋がっている門、ワープゲートのようなものだ。


「座標は固定してある。ここをくぐればすぐ近くに転移できる」


「……一応礼は言っておく」


 零次は無我夢中で門の中へと飛び込んだ。

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