アンフォーギヴン

 輪をくぐった瞬間、視界が上から変化していく。

 零次の前に広がるのは薄暗く長い廊下だった。天井も見えず、黒い黒曜石のような冷たい建造物の中、ホタルに似たロボットが灯り代わりに浮かんでいる。

 ここは何処だろうか。疑問は尽きぬがそんな事を悠長に考えている場合じゃない。拘束、誘拐されているのだ。どんな事をされるか想像するのも恐ろしい。


「さてと、いらっしゃいお兄ちゃん。レーメン、解いてあげなさい。そして後は予定通りに」


「はっ」


 ノアの命令でカメレオン怪人は舌をほどくと再び身体を透明にし姿を消す。制服が少しベタつくが、そんな事を気にしている余裕は無い。


「…………何が目的だ? アームズブレイヴァーの情報か? 悪いが俺は元とはいえ仲間を売るような真似はしない。拷問だって耐えてみせるさ」


 自分が拐われた目的、元アームズブレイヴァーであるのを知っているのだから情報しか考えられない。いくら一方的な解雇とはいえ地球を守る戦士だったのを自覚している。仲間を、故郷を売るなんて死んでも御免だ。

 どんな事があろうと耐えてみせる。裏切るくらいなら死んでやると意気込む。


「だから危害を加えるつもりは無いって言ってるでしょ。とりあえず逃げても物理的に帰るのは不可能だから、私についてくるのが懸命よ、お兄ちゃん」


「……何なんだよそのお兄ちゃんって」


 パッと見は自分の方が歳上に見える。だからこんな呼び方やわするのだろう。こう呼ばれるのを好む人物はいるが、しかし見ず知らずの少女にいきなり呼ばれれば不気味だ。

 彼女の意図も理解できず困惑するだけだが、立ち止まっても進まない。


「さっ、おいで。みんな待ってるから」


「…………フン」


 とりあえずは彼女の指示に従おう。零次はノアの後ろに続き廊下を歩き出す。

 こんな建造物は見た事が無い。もしかしたら地球ではないのかもしれない。不安が心を揺さぶるが、息を整え落ち着かせる。

 歩いて二、三分くらいだろう。少しずつ進んでいくと奥から何か見える。


「なっ!?」


 圧巻の光景だった。例えるなら玉座。何十人もの異形の怪人達が並び、鎧に身を包み武装した姿に思わず息を飲む。

 哺乳類から魚、昆虫、爬虫類と様々な生物の怪人と呼べる者達。バラバラでありながら一つだけ共通点があった。

 それはベルトだ。毘異崇党の怪人達が着けている割れた卵を描いたようなバックルに似ているが、彼らが着けているのは一回り大きく白い機械仕掛けのバックルだ。側面には鍵が刺さっており、何故か見覚えがあった。

 似ているのだ、メサイアユニットに。そう、毘異崇党のバックルとメサイアユニットを組み合わせたような物だった。

 その中から一人、一際大柄なカブトムシ型怪人が前に出る。


「お帰りなさいませノア様」


 深々と頭を下げ、周りもお辞儀する。


「そしてこの方が……」


「ええ、そう。私達の新しい王よ」


「は?」


「おお……やはり面影がありますな」


 怪人が一礼する姿に困惑した。何を言ってるのか理解に苦しむ。まるで自分が仲間だと言っているかのような行動だ。


「では……お祖父様、矢田零次を連れて参りました」


 混乱しているとノアが誰かを呼ぶ。周りの怪人達は跪き口を閉ざす。

 正面に置かれた椅子が浮かび上がり、こちらの方へと振り向く。


「はじめましてだな矢田零次。フフフ、その癖毛は妻や息子にそっくりだ」


 黒い翼を持つカラス型怪人が座っている。だが全身は中世の西洋甲冑とペスト医師を混ぜたような鎧に包まれ、顔も仮面に隠され表情がわからない。しかしその老い霞んだ声に敵意は感じられなかった。


「私の名はレイヴン。我らアンフォーギヴンの長であり、そなたの祖父である。会えて嬉しいぞ、我が孫よ……」


「ま、孫?」


「そうだ。そなたの父、地球では矢田零斗と名乗っていたな。彼は私の息子なのだ」


 開いた口が塞がらない。言葉を脳が拒絶している。あり得ない、でたらめだと頭では叫んでいるが声が出ない。だけどこの怪人は知っていた、零次の父を。


「…………ノア、説明を。少し疲れた」


「はい」


 高齢であろうレイヴンは息をきらしながらノアに任せる。元々打ち合わせしていたのだろうか、ノアはすんなりと頷いた。


「色々と聞きたいでしょう。順番に説明するので、少しだけ話しを聞いて」



「わかった……」


 まずは情報収集が先だ。零次はひとまずノアの話しを聞く事にした。


「まず私達アンフォーギヴンは貴方の言う毘異崇党の者と同じ生物です。私達は地球では異世界の生命体だと報じられてますね?」


「そうだ」


「正確には少しだけ違います。私達は平行世界、パラレルワールドの地球から来たなのです」


 そんな馬鹿なと零次は驚いたが、ぐっと発言を我慢する。

 パラレルワールドな存在は知っている。物語等で語られる自分達の生きる世界とは違う歴史を辿ったもう一つの世界、もしもの世界だ。

 だがそんなものは空想上のものだと思っていた。


「今から二百年前、私達の地球では謎の宇宙線の影響で人類が他の生物と融合してしまった。それこそ亜人、獣人と呼ばれるような存在に」


 ノアは大きく翼を広げ見せつける。


「当初はより強靭な肉体となり人類はいっそう繁栄する、そう思われていた。だけど大きな落とし穴があったの」


「落とし穴?」


 ノアが頷いた。


「強引な突然変異による進化、その弊害ね。遺伝子の僅かなダメージ、それが世代を重ねる程大きくなり、今は出生率が二百年前の三割にまで落ちている。私達は少しずつ絶滅へと歩んでいるの」


 周りの怪人達も悲しそうに俯く。

 許されざる者アンフォーギヴンとはこういう意味かと納得した。本来の生物から逸脱してしまった、大自然の背徳者。それが彼らなのだ。


「けれども私達は希望を見つけた。平行世界の発見と渡航を可能にしたの。そして純粋な人類との交配で、アンフォーギヴンを元の人間に回帰させる事を思い付いた」


 少しだがノアの声色が明るくなる。


「三十年前に地球と交渉し、技術提供を条件に私達は少しずつそちらの地球と混ざり始めた。お兄ちゃんもそうして産まれた一人なの」


「…………なるほどな」


 これの真偽は零次にはわからない。しかし話しの内容がそこまでおかしい、矛盾したものとは思えなかった。

 だがまだアンフォーギヴンを信じられはしない。毘異崇党が同じ種族だと言っている。それなら味方とは限らないからだ。

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